危険が危ないって、重複してない?
"憂いの森"に入ってすぐのコーダの発言に、わたしはそう思っていた。
けれど。

「もうアレ以上に適切な言葉が見当たらない。危険が危ないっ!」
「カグヤ、前!前見て!!」

イリアの声とほぼ同時に、後方に向けて飛ぶ。
先ほどまで私がいた場所には、毒液で艶光る漆黒のトゲが刺さっていた。
…もう、本気出す出さないの問題じゃないかも。
背中を冷たい汗が伝っていく。

「くっそ…なんなんだ、こいつ!?攻撃が通じねえ!」

真っ黒い巨大な敵だった。
ただ魔物と表現するにはあまりに禍々しく、異質な雰囲気を纏っている。
戦い始めて10分は経過していた。
けれど、相手は全く消耗していない。なにせ、こちらの攻撃が一切通じないのだ。

…仕方ないな。手段を選ぶ余裕なんかない。
回復術の詠唱を切り上げて、攻撃術の詠唱に取り掛かる。
…と、その時。背後から、私以外の誰かの足音が聞こえてきた。

振り返ると案の定、見知らぬ青年が立っている。

「―…それは、この世界と彼らの世界の物理法則が違うからだよ」

余裕に満ちた声。涼やかな瞳は、まっすぐにルカへ向けられていた。
…なんだ、この人。よく分からないけど、なんか気に入らない。

「また会ったね、ルカ・ミルダくん」
「!あなたは確か、レグヌムで会った…」

驚くルカや訝るイリアたちを他所に、現れた人物は懐から本を取り出した。
分厚く重そうな本。
それがなんと光を放ち、彼の手を離れて浮かびあがる。

「このままじゃ危ないだろう?手伝ってあげるよ」

本から放たれた真っ白い光が、魔物を包み込む。
途端に響く、つんざくような絶叫。攻撃が効いているらしい。

「これで、彼の世界とこの世界の物理法則が複合できた」
「…それ、もう攻撃が効くってこと?」
「正解。…そうだね。このままじゃ興がないし、もう少し手伝おうかな」

手元に戻ってきた本を構え、魔物に向き直る彼。
私たちは状況を飲み込みきれずに戸惑ったが、魔物は待ってくれない。

……結局、五人で協力して魔物を倒す結果となった。

「どういうことか、説明してくれる?君は誰?どうしてここにいるの」
「…カグヤ?」
消滅していく魔物の屍骸に背を向け、微笑む介入者へ向き直る。
私の強い語調にルカが首を傾げたものの、構っている余裕はなかった。

「まあまあ、少し落ち着いてよ。質問には答えるからさ」

介入者のあしらうような態度に、再び気分を害する。
…聞いた話をまとめると、こうだ。
彼はコンウェイといって、転生者ではない。使う術も天術とは違う。
そして私たちの旅に同行したくて、ここで私たちを待っていた。らしい。

「全力で怪しい」
「同感だな。転生者でもねぇ初対面のヤツと、なんで旅しなきゃならないんだ」

スパーダと一緒に突っぱねたものの、コンウェイは動じない。
それどころか溜息までついて、やれやれと首を振られる有様である。

「ほーら、来ると思った。だから言ったろ?ピンチにならないと、ボクのお願いは聞いてもらえないって」
「…」
「さっきの敵、ボクが来なければ倒せなかったよね。今度似たようなのが現れたら困ると思うんだけどなぁ。…ね、お願い。ボクも連れていってよ」

なんて爽やかな脅迫だ。
反論する気もおきずに言葉を失っていると、スパーダが代弁してくれた。
それはお願いじゃなくて脅迫だと。一字一句同意する。

「まったく。君は思っていたより沸点が低いね。スパーダくん」
「!?なんで、オレの名前っ…」

たおやかに微笑むコンウェイ。
彼が何者か知らないが、私たちのことは熟知しているらしい。
ルカくん、イリアさん、カグヤさん、と順番に名前を呼ばれて驚愕した。

「…やっぱり怪しい!ねえルカ、この人信用できな…」
「しっ。少し黙って。ゲートが開くよ」
「はあ?」

言葉を遮られて苛立った瞬間、目の前が真っ白になった。
途切れた視界の代わりのように、脳裏に焼きつく見知らぬ風景。
…だけどその内容を理解するより前に、意識も視界も元通りになっていた。

「…なに、今の?」
「ゲートが開いたのさ。これで一つ、君たちの世界へ近道が開いたはずだよ」

なんか、うまい具合に話を逸らされた気がする。
私が押し黙っているのをいいことに、コンウェイはルカへと向き直る。
「ボク、一緒に行ってもいいよね?」
有無を言わせぬ語調。
ルカとイリアが承諾すると、コンウェイは満足げに私とスパーダを見た。

「…あー、分かった!いいよいいよ、一緒に行こうぜ!」
「ありがとう。…カグヤさんは?」

コンウェイよりも、ルカたち三人の視線に気圧される。
……仕方ないな。

「…みんながいいなら、いい」
「そう、よかった」

人当たりの良い顔をしたコンウェイを連れて、森の出口へと向かう。
相変わらずイリアとスパーダは足が速い。
それにルカが着いていってしまったため、私はコンウェイと並ぶことになってしまった。とてつもなく居心地が悪いが、一人で走るわけにもいかない。

「やっぱり、君は勘が鋭いね。ボクのこと邪魔だと思ってるでしょ」
「…」

意図の読めない言葉に、コンウェイの顔を見上げた。

「これも正解だよ。ボクは部外者だ。でも邪魔する気はないから、安心して」
「…そっか」

余裕のある目と向き合うのが耐え切れず、すぐに目線を戻した。
楽しげな三つの背中が見える。

「…部外者なのは、私も同じだよ」

ぽつりと落とした呟きに、コンウェイは何も返してこなかった。
もしかしたら彼は、私のことも知っているのかもしれない。そう考えると怖かったけれど、不思議と心強い思いにもなれた。

「変に噛み付いてごめんなさい。…仲良くしようね」
「気にしてないよ。こちらこそよろしくね、カグヤさん」

意味ありげな顔に、私は確信した。
彼は私のことを知っている。知ったうえで、黙っている。
……ルカたちの邪魔はしない、か。今のところ、信じても大丈夫そうだ。
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