ハルトマンの料理はあたたかく、美味しかった。

「しっかし、胸糞悪い話だな。信者のヤツら、最悪じゃねえか」
「…そうだね」
食後に用意された冷たい水を飲みながら、忌々しげにスパーダが言う。

聖女について、ハルトマンは実に様々なことを語ってくれた。
傷を天術で癒し、聖女と持て囃されていたこと。
大聖堂に立てこもった盗賊を追い払うため、単身で立ち向かったこと。
そして結果として大聖堂を破壊し、適応法によって連行されたこと。

「とにかく、明日はそのナーオス基地に行ってみましょ。聖女を助けないと」
「アンジュ・セレーナ、だっけ。名前」

イリアが頷く。その隣では、ルカが昏い顔でうつむいていた。


*


ハルトマンの手厚い見送りでナーオスを経ち、半刻ほどが経った。
イリアとスパーダは元気いっぱいの様子で、楽しげに会話をしている。
私は彼らの後方を歩き、その更に後ろでは無言のルカが重い足を動かしていた。

「…どーしたの、ルカ。元気ないじゃん」
「カグヤ…あのさ。家族が心配してるかも、って思って」

彼の声が届いたのか、イリアとスパーダが戻ってくる。
ルカは足を止めていた。
三人で取り囲むようにして、ルカの声を聞く。

「そりゃあ…してんじゃない?あんた、家出同然だったもの」

あっけらかんと言い放つイリアに、ルカは顔をあげた。
「イリアは、帰りたいと思わないの?」
半ば糾弾するような声音だったが、イリアは顔色を変えずに首を振る。

「あたしは帰らない。決めたんだもん。前世のせいで嫌な目に遭う人生なんてまっぴら!あたしはあたしの人生を歩むの。誰にも邪魔はさせないわ」

決意の篭った、強い語調。
ルカは傷ついたような顔で、軍や教団から逃げるのは難しいと言う。
弱気なようだが、一応現実的だと私は思った。
けれど、イリアは違う。かっと顔を赤くして、じゃあ帰ればいいと叫ぶ。

「あたしは、帰るに帰れない。帰りたくても、帰れないんだから…」
「……」
「あたし…あんたを巻き込んじゃったね。ごめん、ルカ。迷惑かけるつもりなんてなかった、もん…」

彼女の言葉尻が揺らぎ、だんだんと涙声になっていく。
ルカは沈黙したまま、心なしか小さくなったイリアを見つめていた。
…私の隣に立つスパーダが、子どもをなだめるような微笑みを浮かべる。

「なあ、ルカ。お前の言うとおりだよ。オレらの敵は、軍に教団だ。
 家に帰ったとこでどうせ捕まる…じゃあさ、もうチョイ頑張ってみねぇ?」

「…私もそれがいいと思うな。また逃げるのは大変だし」

冗談めかした口調で言ったものの、当然くすりともしてくれなかった。
ルカは唇を噛んだまま、ごしごしと涙を拭うイリアを見つめている。
彼が口を開いた最初の言葉は、「ごめんね」だった。

「…そっ、か。わかった。元気でね、ルカ」
「!違うよ。帰らない!」

イリアの赤く腫れかけた目が、大きく見開かれる。

「僕、嬉しかったんだ。君が僕を頼ってくれたこと、君を助けられたこと。前世の縁で仲間ができたこと。それだけに目がいって、後先を考えてなかった」
「…」
「そそっかしいよね。僕」

自嘲ぎみに笑うルカの顔は、決意を固めたように見えた。
イリアは暫しその顔を見つめていたものの、すぐにフンと鼻を鳴らす。
「おたんこルカ。バカ、バカ!お利口さんのくせに、バカなやつ」
嬉しそうに罵倒して、またごしごしと目を拭う。
腫れた目を見られたくないんだろう。コーダを抱き上げて、走り去っていった。

「あーあ。泣ーかしたぁ」
「もう、からかわないでよ。…あ、そうだ。スパーダとカグヤは、どうしてついてきてくれるの?」

丸い目で問うルカに、ついでみたいに聞きやがってと笑うスパーダ。

「ダチとつるむのに理由なんざいらねーよ。正しき道を正しく歩め、ってな」
「私も似たようなものかな。ルカもイリアも大好きだし」

言い切った直後、スパーダの見開いた目が見下ろしてくる。
「え。オレは?」
心底驚いた様子の声に、私は勿論、未だに本調子でなかったルカも吹きだした。

「もちろん好きだよ。スパーダお坊ちゃま」
「…お坊ちゃま、まだ引っ張んの?」
「当然でしょ。ねえ、ルカ?」

清清しい顔をしたルカは、深く頷いた。

「まだまだ引っ張るよ。…旅は、長いものね」

イリアの呼ぶ声が聞こえる。
軍事基地を目指す私たちの前には、鬱蒼とした暗い森が立ちはだかっていた。
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