重苦しい、とまでは言わないが。
この古くも広い寮のラウンジに人が集まった時の雰囲気は、それに近いものになる。

「そういえば、彼方ちゃんはご飯食べたの?直帰だったんでしょ?」

ただ黙ってソファに体を沈めているのに耐え切れなくなったらしい。携帯を傍に置いた岳羽ゆかりさんが、苦笑しながらわたしを見た。

「んー、まだですねぇ。そろそろ食べたいけど、今日って理事長が来るんですよね?」
「ああ。もうじき来ると思うが…」

読みふけっていた本から顔を上げて、優雅に紅茶を啜っていた桐条美鶴さんを仰ぐ。
即座に頷いた彼女は、ラウンジに設置された時計へと視線を滑らせて、少し遅いなと呟く。

「真田先輩は、部活の集まりでしたっけ」
「そう言ってましたね。…なんか想像しがたいけど」
「遊んでいる明彦が、という意味か?確かに…」

美鶴先輩が微笑んだ瞬間に、玄関の扉が開く音がした。
三人揃って玄関を見ると、そこには先ほどまで話題に上がっていた理事長の姿があった。

「やあ、久しぶり。ちょっとお邪魔しちゃったかな?」

人の良さそうな顔で笑いながら、一人がけのソファに腰掛ける理事長。
ゆかり先輩が「そんなことないですよ」と笑っているが、その表情は理事長と違ってどこか堅苦しい。

「全員揃って…ないみたいだね。真田くんは?」
「ボクシング部の集まりだそうです。もうじき帰る頃だとは思いますが」

淡々と答える美鶴先輩。
その後も他愛の無い談笑を続け、時計の針が八時を過ぎる。
この巌徒台分寮、寮生の最後のひとりが帰宅したのはその頃だった。

「おかえりなさい、先輩」
「おう」

赤いベストが特徴的な、唯一の男子生徒。
真田明彦さんはラウンジに集結した面々を一人ずつ視界に入れながら、わたしの隣へと着席した。
一人がけソファに理事長。
壁側のソファにわたしと真田先輩が並び、その正面に美鶴先輩とゆかり先輩が並ぶ。
全員揃って会談するときは、いつも決まってこの配置だった。

「いやぁ、君たちももうじき進級だね。
 桐条くんと真田くんは高校三年生…近衛くんも、最上級生かな?」

「あ、はい。そうです」

しみじみという理事長に頷いて、彼の差し出してきた『海牛』の牛丼を口に運ぶ。
甘いタレや肉がすきっ腹に沁みて、非常に美味しい。
…美鶴先輩の視線がちょっと気になるのだけど、そのへんは割愛して。

「時間が流れるのは早いねぇ。この前まで初等部だったのに」
「…そっか。彼方ちゃん、初等部の時からここにいるんだっけ」

美鶴先輩の隣で真田先輩の食欲にドン引きしていたらしいゆかりさんが言う。

彼女がこの寮に入ったのはつい最近のことだ。
その前は美鶴先輩と真田先輩、そしてもう一人を入れた四人だったし、その前は美鶴先輩とわたしの二人だけだった。

わたしが入寮したのは、初等部六年の秋。
それから現在、中学三年へいたる今まで居座っているのだから、最早この寮は実家同然のなじみっぷりである。

「そうですよー。だからタルタロス探索においては、真田先輩より先輩です。
 いつかゆかり先輩が探索に加わったら、存分に頼ってくれていいんですよー!」

「…そ、そっか。ありがと」

真田先輩の複雑そうな顔が面白くて、余計な言葉を足してみる。
案の定ゆかり先輩は居心地悪そうな顔になってしまったが、話題をカラオケからタルタロスに転換したことで理事長からは感謝の目線が送られてきた。いらない。

「そうだ、真田くん。先日の探索で妙なものを見たって聞いたんだけど…」
「あ、はい。タルタロスの内部で、人影らしきものを発見しました」

二つ目の牛丼をかき込みながら真田先輩が言う。
彼から同意を求めるような視線が向けられたが、どうとも答えられない。
確かに一緒に探索はしていたものの、わたしはそんなものは見なかったから。

「しかし今となっては人型のシャドウとしか思えませんよ。
 なにせ、そいつはタルタロスの奥へと姿を消したんですから」

「確認しようとも思ったけど、疲れてたんで帰ってきちゃいました」

「そうかい。じゃあやっぱりシャドウで決定だよ。
 真田くんと近衛くんすら行けない場所に、人が行くわけがないしね」

微笑む理事長と、人員不足を嘆く美鶴先輩。
お役に立てなくてすみません、とゆかり先輩が肩を落としたが、影時間やペルソナを簡単に受け入れるのが難しいことは誰もが知っている。
彼女を責める人間は、ひとりとしていなかった。

…て、いうか。責めたいのはゆかり先輩じゃなくて、こっちの人というか。

「真田くん、相変わらず好きだねえ」
「食事と一緒に飲むには、重そうな飲み物ですね」
「飲めと言われたら全力で拒絶したいものだな」
「ていうか、隣でやられると食欲失せますって…いやマジで」

ビン牛乳に大量の粉プロテインを投入し、割り箸で引っ掻き回している真田先輩。
その場にいる全員のしらけた目が彼へと突き刺さり、苦情とも呆れともつかないような声音で揶揄する。

…投入するにしても、ほら。限度ってあると思うんだよね。
どう考えても溶けないでしょう、その量のプロテイン。

「…なんだ、その目は!言っておくが、ほしいと言ってもやらんぞ。
 これは貴重なプロテインなんだからな」

「安心してください。要りません」
「安心しろ。絶対に要らん」
「大丈夫です、要りませんから」

幾分か緊張のほどけたらしいゆかり先輩も加え、三人揃って目を背ける。
むくれる真田先輩を見て、理事長が微笑む。

数時間前までの暗く重い空気は、もうほとんど無くなっていた。

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