寮の前にいたシャドウは、数分せずに片付いた。
途中、荒垣先輩が寮内から出てきたものの、わたしに一瞥くれただけで去ってしまった。

…とにかく、美鶴先輩と真田先輩を追わないと。

刀を鞘に戻して、タルタロスへの道を、一気に駆ける。
もしかしたら、タルタロスに着くころには全て終わっているかもしれない。
そんな不安を感じたものの、残念なことにそれは杞憂となってしまった。

「…うわーお…」

月光館学園の敷地に聳える、歪な塔『タルタロス』。
そのエントランス部分からは、そりゃあもう大量のシャドウたちがうようよと外へ這い出ているところだった。
ちょっと。これ、やばいんじゃないの。

シャドウたちが、刀を片手に唖然とするわたしの姿を見咎めた。
町へ繰り出そうとしていた群れが、一斉に立ち止まる。いくら戦うのが好きなわたしでも、あんな無機質な仮面が何十個もこちらを向いているというのは普通に気味が悪く感じられた。

「しょうがないなー…行くよ!」
腰のガンホルダーから召喚器を取り出し、こめかみに宛がう。
派手な銃声と共に、青いガラスのような破片が飛ぶ。
続いて、華奢な女神の姿をしたわたしのペルソナが、影時間の薄明るい夜道に顕現した。

「ザコ一掃!<電光石火>!」

見た目に似合わず、得意なのは物理攻撃。
広範囲にわたる打撃が、次々に迫っていたシャドウたちをひっくり返し、ボキンと音をたてて、学園前にあったバス停をへし折った。
……て、え、バス停?

「……………」

根元から思いっきり折れたバス停が、道路に打ち捨てられている。
生き残ったシャドウたちがタルタロスへ逃げ帰っていくのを確認したのち、転がるバス停を見下ろした。背中に冷たくていやな汗が伝う。
い、いや…大丈夫だよね。バス停くらい。事故だし、うん。

無理やりに自分を納得させて、バス停から目を背け、タルタロスへ入る。

エントランスにひしめくシャドウの数は、外とは比べ物にならなかった。
その中で奮闘するのは、傷だらけの先輩ふたり。
中央に設けられた大階段のなかほどには、時任先輩らしきモノが座り込んでいた。

「―…おや、早かったね?街中にシャドウを放っておいたのに」

意外そうに首を傾げる仮面に微笑み返す。
実は、襲ってこないやつだけ無視してきた。襲ってくるやつも、ちょっと無視した。

「ううん、遅かったくらいだよ。
 真田先輩も美鶴先輩も随分苦戦しちゃってるみたいだしね」

「っ…ふざける暇があるなら、早く戦え!」

「うわぁっ!?ちょっと危ないですよっ、真田先輩!」
真田先輩が怒気交じりに打ち出した拳で、狂愛のクビドがわたしの真横へすっ飛んでいく。
避けざまについ刀を抜いて真っ二つにしてしまった。反射神経とは恐ろしい。

「…女の子がひとり増えたくらいじゃ、この状況は変わらないよ」

わたしが15体目のシャドウを撃破したとき、階段に静かに佇んでいた"それ"が呟く。
顔を覆う仮面。体にまとわりついた鎖。
その細い右腕には、死神シャドウ『刈り取る者』のそれと酷似した、巨大な銃が握られていた。

「君たちが望めば、その苦しみはすぐに終わるよ。一瞬でね」

「黙れ。貴様なぞに誰が従うものか!」

「お前こそ先輩から出て行け。今ならば、見逃してやる」

全身傷だらけの二人が、戦意の消えない声で叫ぶ。
が、銃を構えた仮面は臆するどころか、悲しそうにかぶりを振るだけだった。
「君から楽にしてあげるよ」
長い銃身が持ち上げられて、銃口が真田先輩を捕らえる。
半ば反射的に彼の前へと立ちふさがったものの、抑えられる気はまったくしなかった。

「…さっき拾ったフィジカルミラーでなんとかなるかな?」
「ならん。早く退け!」

真田先輩に押しのけられた一瞬だけ、タルタロスの入り口が目に入った。
大きな入り口の中央に立つ人影。
背後で銃声が轟くよりも前に、わたしは手に持っていた召喚器を思い切り入り口へと放り投げた。

それを受け取る音。慣れた銃声。顕現する、懐かしい姿。

「カストール!!」

わたしたちの頭上を、黒い騎馬が超速度で通過する。
銃身と騎馬の角がぶつかり、凄まじい音が響く。
耐えかねて両耳を塞ぎ、目映い閃光に目を閉じてしまった。

「…遅いぞ、シンジ」
「ていうか、あれ…先輩が手に持ってるやつって…」

光が収まったあとに気付いたが、助太刀に来たらしい荒垣先輩は『武器らしきもの』を引き摺っている。
間違いなく、バス停だ。
わたしが先ほど破壊した、学園前に設置されているバス停。

「荒垣のやつ、やるじゃないか。
 …が、器物破損はいただけんな。後ほど話を聞かせてもらうとしよう」

「…………」

関心しつつも笑っていない美鶴先輩に慄く。
ごめんなさい。わたしが壊しました。それを言う勇気は、もちろん無い。

そっとしておこう。

心の中で両手のひらを合わせつつ、わたしは"終わりの欠片"とやらに向き直った。

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