※以前更新履歴にて公開したもの



「もう無理。ほんと無理。私はもう死ぬんだ…」
モップを抱えてすすり泣く。流れる涙を拭う気力すらもうない。

場所はバンエルティア号、甲板。
掃除は当番制と定められているアドリビトムは、各人が定期的にランダムな組み合わせでどこかの掃除を割り当てられることになる。

掃除はいいの。嫌いじゃない。
私が嫌いなのは、"甲板"という場所。

「大丈夫怖くない落ち着け、大丈夫怖くない落ち着け」
「…………」
背中に感じる二人分の体温。
どうやら私ことリドルと同じく『泳げない』らしい甲板当番のヒスイとクロエは、
これまた私同様甲板の中央に固まったまま動かない。一歩でも動けば大海原が目に入り、強い潮風が身を襲うのだ。動けない気持ちは痛いほどわかる。

「ひ、ヒスイ。端っこ拭いてきて」
「なんで俺なんだよ、無理!リドルが行ってこいよ!」
「私だって無理だよ!」
涙声を張り上げた途端、船体が大きく揺れた。
ひっ!!と三人分の悲鳴が重なり、互いの体を抱きしめて身を固定する。怖い怖い怖い!!

「も、もう嫌だ!俺は帰る!」
完全に腰の引けたヒスイがずるずると立ち上がり、船室へ足を向けた。
そのズボンの端を掴む。ヒスイが転ぶ。顔面から床に突っ込んだ彼は上体を上げると、涙目のまま私に詰め寄ってきた。

「てめえ何しやがる!お、お落ちたらどうするつもりだ!」
「馬鹿!掃除サボって帰ったら鳳翼熾天翔だよ!?」
更にカナヅチが露呈しかねないという危険もはらんでいる。
言わずともそれを悟ったのか、ヒスイは唇をかみ締めたまま私達の隣へと戻ってきた。
…クロエは虚ろな表情のまま私に抱きついて離れない。

「…ふ、二人とも…臆することはない。
 なに、私は騎士だ…そんなにも二人が嫌がるなら、わ、わたしが…」

「…ねえヒスイ。クロエ見てたら私、なんか冷静になってきた」
「奇遇だな。…俺もだ」

昏い目でがたがた震えるクロエを前に、顔を見合わせる私とヒスイ。
最終的にはヒスイのアクアゲイザーで甲板を水洗いすることになったのだけれども、手すりの一箇所が損壊。
鳳翼熾天翔は逃れたものの、数時間に及ぶお説教を受けるはめになりました。
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