場所はバンエルティア号、展望室。 時たまディセンダーが招いている傭兵たちの姿も今はなく、 灯りひとつない夜の部屋は塗りつぶされたような闇に包まれていた。 「……はい、オッケーです。電気つけてください」 「わかったキュ!」 囁きで交わされた合図。 快活な返事の直後にバッと派手な音が響いたかと思うと、暗かった展望室は目映いライトの光によって全貌を露わにされる。 「第一回!アドリビトム、お悩み相談ラジオ 〜パートA〜 !」 「「キュキュキュー!!」」 稀に年長陣が酒を呑むのに使うカウンターに仁王立ちし、 使い慣れた長杖のごとく、前方にマイクを突きつけるユノ。 彼女の周りで小躍りするのは言わずもがなモフモフ族で、飛び交うカラフルな紙テープを顔面に浴びているのは今回のゲスト様である。 「えー始まりました、始まってしまいました。 ゼロスと性悪眼鏡もといジェイド率いるテイルズ・オブ・ゴールデンビクトリーをパク……げふん、模倣した?参考にした?お悩み相談ラジオ。 予算の関係上モフモフ族とゲスト様一名、そして司会振興のわたくしユノの五名でお送りいたしまーす」 「凄いキュ!ちゃんと言えたキュ!」 「ゼロスさんの台本は完璧キュ!」 実にやる気なさげな口調で自己紹介を終えたユノに代わり、モフモフ族三兄弟の末子、ポッポが前へと躍り出る。 そして丸椅子に座ったまま、壇(カウンター)上を見上げているゲストを指し示し、丸い体を揺すりながら司会を引き継いだ。 「今回のゲストは、アーチェ・クラインさんだキュ!」 「あ、あーうん…よろしく〜…」 普段はおちゃらけて騒がしい彼女も、この急展開にはついていけないらしい。 目を白黒させながらいつも通りのモフモフ族といつもとギャップのありすぎるユノを見つめている。 「あのさあ、ユノ。どしたの?弱みでも握られた?」 「いいえ、握られたのは頭蓋です。ラザリスの一件も済んだことですし、 あの人の…ディセンダーの退場で船内は葬式同然の空気ですから。 なんとかしろと某鬼畜眼鏡の御用達で」 「ほんっとーにジェイドに弱いのね、あんた…」 狂気すら見えるほどの笑顔で涙ぐむユノに、アーチェが呆れ半分、同情半分を込めて溜息をつく。 しかし盛り上げ担当と自負する彼女。 うつむいていた顔をあげた時、アーチェは普段通りの明るい笑みを浮かべていた。 「じゃ、栄えある第一回ゲストとして、あたしも頑張んなきゃね! 世界樹に帰っちゃったアイツに、顔向けできるようにさ!」 「!はい、よろしくお願いします」 二人が笑いあうのと同じくして、軽快な音楽が流れ出す。 裏方に戻っていったモフモフ族は、打ち合わせ通りに滞りなく責務を果たしているようだ。 「では早速、一通目のお葉書です。読んでください」 「はいはーい」 ユノから手渡された一枚の葉書を、アーチェが覗き込む。 几帳面な字で綴られた文字は、ユノが言うとおり『お悩み相談』のようだった。 「えっと、あすらさんからね。 『僕…いえ、私の周囲にいる人たちの、口が悪くて困っています。 どうしたら、みんなの口調を正しくすることができるのでしょうか? もしかして、僕が慣れないといけないんでしょうか?』」 「難しい質問ですねぇ」 「そうねー」 わざとらしい大仰な素振りで、首を捻る二人。 その後暫く唸ったかと思えば、二人揃ってぽんと手を叩く。 「慣れるしかないですね」 「慣れるしかないわね。じゃ、次〜」 アーチェは快活に笑ったのちに葉書を背後へと放り投げ、阿吽の呼吸でユノから渡された二枚目の葉書を受け取る。 「はい、黒衣の断罪者さんよりご相談ね。 『毎晩毎晩、隣の部屋がうっさくて困ってます。 周りの連中は慣れたっつって取り合ってくれねーんだけど、新参のオレは耐えられんねえ。 熱心なのはご苦労だが、フンフン言い続けるのはなんとかならねーのか?』…」 「…こちらはゲストさんにお応えしていただきましょう」 「ちょ…待って!ちょっと待って!!」 マイクを投げ捨て、完全に憩いモードに転換したユノがアーチェを指し示す。 今回の企画、HNを用いてはいるものの、総勢百人に満たないギルド内でのものである。 匿名性は皆無に等しく、黒衣の断罪者さんとやらも自らの正体を隠匿する意図なぞなく、単純に苦情としてハガキを送ってきたのだろう。 今回のゲストが、当の"隣の部屋"住人アーチェであると知った上で。 「それはあたしにはどうにもできないわよ!つーかあたしが一番困ってんの!」 「他に二人もいるでしょう?三人で糾弾すれば、さすがにやめるんじゃ…」 「だめなのよっ!あの二人、クレスに甘すぎて…ッ!」 両手で頭を抱え込み、長い髪を振り乱し。 堰を切ったように怨嗟じみた愚痴を吐くアーチェは、普段の彼女とは似ても似つかない。 思わず笑顔の端が引き攣ったユノは、どうにか話題を転換しようと三枚目の葉書を取り出す。差出人の名は、下町の青年。 「またお前かよ」 ぼそりと出た呟きを、ユノ自ら黙殺する。 「『昨日の夕飯を食った某お姫様が、未だ目を覚ましません。どうしたらいいですか』」 「…昨日の夕食?」 「昨日の夕食」 アーチェの動きがぴたりと止まる。 ユノは無表情で淡々と応答しては、四枚目、五枚目の葉書を続けて音読する。 差出人は、諸事情により省略する。 「『昨日の夕飯から腹痛と吐き気が止まりません』 『医務室が溢れていて眠る場所がありません』『しぬ』」 「……………」 完全に沈黙したアーチェ。 うつむくゲストを無言で見詰める総合司会。 流れ続ける軽快な音楽。歌声。 「…な」 搾り出された声と、持ち上げられた満面の笑顔。 奇しくも冒頭とよく似た状況だったが、最大の相違はその笑顔に大量の冷や汗が浮かんでいることだろうか。 「慣れるしか…ないんじゃないかなっ?」 音楽が止まった。 モフモフ族三兄弟による、愛らしい歌声すらも、止まった。 凍りついた空気の中、ユノが先刻ゼロスから受け取った台本を手繰る音だけが響く。 その中の一節。『もしも、しらけちゃったなら』。 多分使わないと思うけど、少なくとも俺さまは使わないけどと散々念を押された一節を、ユノは軽く息を吸ってから音読する。 「それではみなさん、またいつか〜」 「「キュキュキュ〜!!」」 幕が引かれる。照明が落ちる。 再び闇に包まれた展望室に、初回ゲストという名の生贄は深い溜息をついた。 「…あたし、フルボッコじゃん…」 |