ボードに描いた花の絵を、ソフィがまじまじと見つめている。 「…というわけで、この花は高いとこにしか咲かない。わかった?」 「うん。イリヤは物知りだね」 抑揚のない淡々とした声だったが、ソフィの声は柔らかい。 俺が純粋な褒め言葉に和んでいると、奥の扉が控えめにノックされた。 入ってきたのはロックスだ。 「イリヤ様、お手紙が届いております。本国からのようですよ」 「!やっと来たか。わかった。ありがとな」 「はい。ではお渡ししましたよ」 ロックスの小さな手から手紙を受け取る。消印は確かに本国のものだ。 差出人の名前も見知ったもので、ここ最近待ちかねていた手紙だとわかった。 「…誰から?友達?」 ロックスが退室した直後、ソフィが手元を覗き込んでくる。 友達だと肯定しながら、封筒を開く。 そこには"彼"特有の、几帳面な字がつらつらと並んでいた。 ……内容は、まあ。予想通りだ。 「相変わらず細かいな、こいつ……ソフィ?何、なんかあった?」 「ううん。…あのね、イリヤ。このお手紙くれた人、わたし知ってるかも」 「え?」 テーブルに置かれた封筒を眺めていたソフィが、俺を見上げる。 手紙の差出人。 それは俺の…というかリオンの知り合いで、同年代で、軍人の男だ。 彼の名前は。 「ヒューバート・オズウェル。…多分、アスベルの弟」 ………は? 少しだけ眉根を寄せたソフィの声に、一瞬思考がフリーズした。 え?ちょ、何それ?アスベルってあのアスベルだよな?え、マジかよ? 「そ、そういえば…他国の貴族から養子に出されたとか言ってたような」 「うん」 「う、うそだろ。マジで?マジなら世界、すげー狭いな…」 予想だにしなかった展開に、動揺が全く隠せない。 ソフィはそんな俺を不思議そうに見上げていたが、言及はしなかった。 ただ手紙の内容は気になるようで、手元を覗き込んでくるだけだ。 「…要約すると、全員連れて今すぐ帰ってこいってことだ」 「全員?」 「ウッドロウ。チェルシー、リオン。それから俺な」 チェルシーはともかく、俺たちは結構重鎮なのだ。 ウッドロウの放浪癖(っていうと人聞きが悪いが)には国王も慣れているだろうけど、現在の世界は不安定だ。できれば手元に置きたいのだろう。 ……言うだけムダなのにな。親父ってのは難しい。 「つーかここまで揃ったら、もうどうでもいいよな。 いっそヒューバートも誘ってみるか?楽しいかもしれないぞー、なんて…」 けらけらと笑い、冗談めかした冗談を言う。 と、その瞬間。 ズバァン、と凄まじい音をたてて、ロックスが消えたばかりの扉が開かれた。 …もっとも、その勢いたるや、彼とは比較にならなかったのだが。 「い、今…いま、なんて……?」 立っていたのはシェリアだった。ソフィを迎えに来たんだろう。 しかし彼女の顔は随分と鬼気迫ったもので、余裕がない。扉に添えている指先が震えているほどだった。俺は驚き、その顔を呆然と見つめてしまう。 「イリヤ。あなた、ヒューバートのことを知ってるの…?」 「え、あ、うん。友達?」 「うそでしょ…!?」 驚愕に目を見開き、顔を伏せるシェリア。 …この反応じゃ、マジっぽい。ヒューバートがアスベルの弟か。似てねー。 一周回って落ち着きすらしてきた俺に対し、シェリアは動揺している。 とりあえずソフィの隣の椅子を勧めた。 彼女は静かに着席し、二度三度と深呼吸をする。その後の表情は、幾分か和らいだようにも見えた。…シェリアも、"一周回った"のかもしれない。 「……世界って、狭いのね」 沈黙ののち、しみじみと呟かれた言葉に笑ってしまう。 俺がさっき言ったよ、それ。 |