闇に包まれた展望室を、いくつかの小さな影がかき乱している。 ぼそぼそと聞こえる囁き。 マイクを手にしたイリヤは咳払いを一つして、背後へ向けて声を出した。 もう電気つけていいぞ、と。 …その直後に、展望室が目映い光によって包まれる。 「レディース、えーんど、ジェントルマン! 第三回!アドリビトムの内輪ネタ、お悩み相談ラジオ〜パートD〜! はっじまーるよー!!」 「「「お…おぉー!!」」」 弾け飛ぶ紙吹雪を全身に浴びながら、イリヤが高らかに宣言する。 彼の周りを取り囲むのは、三匹の小動物だ。小さな体を、小さな羽で浮かせている。 向かって右からモルモ、パニール、ロックスである。 「えー、今宵も始まりました。毎度グダって終わる地獄の時間…じゃない、皆さんのお悩みを紹介!解決!する夢のお時間。 今回の司会は俺、The器用貧乏イリヤ。お手伝いは三匹の小動物です」 「おい!オイラたちを小動物呼ばわりすんなっ!」 「あらあら。わたし、ここにいてもよかったのかしらねぇ?」 「大丈夫ですよ、パニール様。"何でもあり"、ですから」 各々好き好きな反応を返した"お手伝いさん"三人は、自らの羽ではばたきながら舞台裏へと消えていく。イリヤはそれを確認し、頷き、改めて前方へ向き直った。 「えー、今回のゲストはこのラジオのプロデューサー様でもある赤いほうの神子。ゼロス・ワイルダーさんでーす。よろしくお願いしまっす!」 「オッケー!でひゃひゃひゃ!たまにはゲストっつーのも悪くねーなぁ!」 カウンター席で押し黙っていたラジオのプロが騒ぎ出し、司会の肩を抱く。 イリヤは耳元での笑い声に顔を引き攣らせたものの、同じようにゼロスの肩へと腕を回した。『こうすれば仲が良さそうにみえる』との指示だったからだ。 「…えー、早くも司会を食われそうなんですが…まぁいっか」 「そーよそーよ。イリヤくん、話分かるねぇ」 「おいゼロス。お前、そんな笑ってっけど、正直今回呼ばれてハズレだと思ってるだろ?」 迷惑そうに言い放ったイリヤに、ゼロスの言動が停止する。 …そして、数拍の間。 「……ったりめーだろうが」 低い声で唸るゼロスは、イリヤの肩を突き飛ばすように解放した。 その顔に、先ほどまでバカ騒ぎをしていた面影は全くない。 「司会役、三人いんだぜ?お前以外、全員女子だぜ? なのに何で今回俺さま?おかしくねぇ?おかしいだろ。帰りてーよ」 「清清しいまでに正直だな。だが帰さん。葉書読むぞー」 本性を現したゲストを華麗に無視し、取り出した葉書を裏返す。 「ラジオネーム、最強の妹さんからのお葉書です。 『こんばんは。第三回ラジオの開催おめでとうございます』…うん、ありがと! 『相談なんですが、近頃ご飯のトマトを残す人が増えているんです。 どんなに頑張って調理しても残されてしまって、困っています。 どうしたら、トマトを美味しく食べてもらえるんでしょうか?』…だって」 「…残す人、って。三人じゃね?」 「うん。三人だな」 イリヤとゼロスが頭を抱える。 彼らの脳裏に過ぎった三人のトマト嫌いは凄まじい。 それを改善させるやりかたと言えば、かなりの難問である。 「…コンウェイは、ナマじゃなきゃ食うんだよな。まずそうに」 「でもクラトスとロイドくんはなぁ……お!そうだ、いいこと思いついた!」 ぽんと手をつくゼロス。 イリヤが目を輝かせながらマイクを向けると、彼は満面の笑みで言葉を継いだ。 「強硬手段だ。俺様とこいつで奴らを捕らえ、トマトジュースを流し込む」 「…」 「しかも鼻から。どーよ。クラトスのおっさんが鼻からトマトを流すところ、見たいと思わな」 ガゴン、と凄まじい音が響き、ゼロスの声が途切れる。 「……えー。次のお葉書ね。ラジオネームアンジュ・セレー…アレ、本名?」 全力の裏拳を見舞い、ゼロスを沈ませたイリヤが首を傾げる。 確かに、その葉書にはラジオネームがなかった。 代わりにギルドマスター専用の印鑑が押され、淡々とした字が綴られている。 「『こんばんは。ゼロスさんとイリヤくん、お二人に伝令です。 ゼロスさん?先日、ジーニアスくんの顔に落書きをした件についてお話があります。この葉書を見次第、大至急でカウンターへ』……何してんの、お前?」 「あ、あのクソガキ…!チクりやがったなぁ!」 「『次にイリヤくん。機関室の構造を勝手に変えた件でお話があります。 ガイさんとチャットがご立腹なので、これを見次第大至急カウンターへ』…」 「……何してんの、お前?」 神妙な声音で問われたイリヤは、静かに目を背けた。 だって面白そうだったんだもん。心の中で、そう応える。 「こ、これ…ヤバくねぇ?放送されてんでしょ、これ」 「アンジュ、確実に聞いてるよな…」 そわそわと慌てだす二人が、顔を見合わせる。 無言で流れた時間。 お互いの肩に手を回し、声を張り上げたのは全く同時のことだった。 「「それでは、皆さん!またいつか!アディオス!!」」 俺たちが、生きてたら。 その切実な声は言葉にならず、お互いの心の中でのみ継がれたのだった。 |