バンエルティア号の展望室は、今日も今日とて人気がない。
窓は締め切られ、明かりひとつ無い部屋は、見事に真っ暗だった。

「…んー、これでいいのかな?」
「もういいな?しかし。電気つけるぞ、しかし」
「え。ちょ、待っ」

狼狽の囁きを無視するかのように、ばつんと派手な音が鳴る。
途端、目映いばかりの光に包まれる展望室。
覚悟も何もなかったらしいリドルは、光に網膜をやられたらしい。悲鳴をあげて両目を押さえ、悶え苦しんでいた。

「え、えっと…第二回!アドリビトム、お悩み相談ラジオ〜パートG〜…!」
「……」

涙目で音頭を取るリドル。
彼女の傍に控えていた二匹のミュース族は丸い目でそれを眺めると、舞台裏に戻り、小さなスイッチを押した。単調な拍手の音、喝采の声が響く。
暇を持て余したハロルドが作成した、ラジオ用の人口音声である。

「……やばい。帰りたい…」
「駄目だよリドル。栄えある総合司会だ、きっちり務めなければ」
「は、はい。そうですね…」
「大丈夫、僕もできる限りでサポートするから」

カウンター席に腰掛けていたゲスト様に励まされ、リドルは乾いた笑いを浮かべた。
サポートする気があるのなら、紹介の前に喋らないでほしい。
内心強くそう思ったものの、相手はゲスト以前に上官。口に出せるはずもない。

「えと…皆さん、こんばんは!アドリビトムの内輪ネタ、お悩み相談ラジオ。
 今回の司会はわたくしリドル、スタッフはミュース族のお二人。
 そしてゲスト様にはフレン・シーフォ隊長をお迎えしておりまーす」

「よろしく」

「しかし棒読みだな。グダグダだぞ、しかし」
「もう帰りたいんだな。正味の話が」

ぼそぼそと交わされるスタッフの愚痴に辟易しつつ、リドルが着席する。
台本の監修はゼロスだ。台本の通りにやれば大丈夫。
そう自分を元気付け、懸命に司会を務める姿には哀愁すら漂っていた。

「………まず、初めのお手紙です。どーぞ、隊長」
「僕が読むのかい?構わないけどね」

うつむいたまま、適当に抜いた葉書をフレンへ手渡すリドル。
フレンは渡された葉書の差出人を確かめ、内容を確かめ。音読のため、軽く息を吸った。

「ハンドルネーム、狂犬or仙人さんからだね。
 『近頃、昔馴染みの知人から怪文書が届き続けて困っている。
 どれもこれも俺を呼び出す内容ばかりで…正直勘弁してほしいんだ。
 俺は一体どうしたら、このパン地獄から解放されるんだろうか?』…だって」

「…なんか、切実だね。このお悩み」

字面からも、彼の疲れが伝わってくるようだった。
予想外に切実で懸命な叫び。リドルはますます居心地が悪い思いをしながらも、殊更に明るい声を出してゲストへと話題をふってみた。

「フレン隊長は、どう思いますか?怪文書について」
「そうだね…やっぱり、本人と話し合うのが一番じゃないのかな」

大真面目な顔での一言。
沈黙。

「………終わり、ですか?」
「うん?終わりだけど」
「…」

面白みも何もない。これではラジオにならない。
きょとんとするフレンに対し、リドルはこっそりと涙を拭った。
……ゼロスとジェイドは、凄いんだなぁ。

「じゃあ、二通目は私が読みますね。領主の息子さんより。
 『過日、ギルドメンバーと剣の稽古をしていたら、突然上司に怒られました。
 今までにない剣幕で叱られたのですが、理由が全く分かりません。
 間違ったことは絶対になさらないお方なので、非は俺にあると思います。
 俺は一体何をしてしまったのでしょうか?何が悪かったのでしょうか?』…」

「………これは…わざと、なのかな…?」
「ん?」

音読を切り上げ、フレンの顔色を窺うリドル。
匿名性が希薄なこのラジオ。領主の息子さんの正体も、その上司の正体も、分かって当然のはずだった。
しかし。

「これは難しい質問だよね。リドルはどう思う?」
「えっ!?」

真面目一徹フレン・シーフォ。
彼は実に真剣な顔で葉書を睨みつけている。リドルは愕然とその横顔を見つめ、助けを求めるかのように視線を泳がせた。…しかし当然、誰もいない。

「ひどい上司だね。部下を叱るときは、理由を明白にして非を認めさせるべきなのに。ただまくし立てて怒鳴るだなんて、不条理だよ」
「……」
「それで…領主の息子さんの非、か。どうやらそのギルドメンバーになんらかの……リドル?どうしたの、顔色が悪いようだけど」

ぶつぶつと呟くのをやめ、リドルの顔を覗き込むフレン。
その純粋な視線といったら、ない。
リドルはだらだらと冷や汗を流し、喉元まで出かかった言葉を嚥下する。

………もう、限界だった。

「ごめんなさいッ隊長!私にはっ…私には、ムリですううううっ!!」
「リドル!?」
「に、逃げた!逃げたんだな、しかし!」

涙や汗を拭おうともせず、椅子を蹴って駆け出し失踪したリドル。
鎮まった展望室に残されたフレンとコーダ、アーダはただただ呆然とその背が消えた方角を見つめることしかできなかった。

「……何か、悩みがあったのかな?彼女に」
「あー?知らんぞ、しかし」
「もう帰っていいのか、正味の話?そしてメシは出るのか」

後日。
ゼロスとジェイドによって開催された正規の"お悩み相談"の場に、リドルが職場関係で泣きついたことは、また別の話である。

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