主婦でごったがえした商店の中から、ロニの悲鳴が聞こえてきました。 「ユノさん!ユノさーん!助け…ギャヒー!」 「はいはい。頑張ってくださーい」 一方私はといえば、商店の外で荷物を抱え、悠長に空を眺めています。 …雲が流れて、綺麗ですねえ。 私とロニは、今日の買い物当番でした。 買うのはショップの小動物たちには及ばないもの…主に日用品の類です。 幸か不幸か、今日は特売。 日用品目当ての主婦は戦士よりも恐ろしい獣と化しておりました。 ロニを連れてきてよかった。あんなところ、入ったら間違いなく即死です。 安堵の息を吐きながら再び空を見上げたものの、ふいに傍から投げられた声によって、無我の時間は中断されることとなりました。 「何か御用ですか?」 頭を戻して、隣を見ます。 私に声をかけたと思しき彼は、薄く微笑みながら佇んでいました。 「こんにちは。君、アドリビトムの人だよね。ちょっといいかい?」 「?はあ」 アドリビトムの人、と断定されたことに少々戸惑いながら、彼と向き合います。 女性と見紛うほどに整った容姿の青年でした。手には厚い本を抱えています。 「先日、キュキュという知人がお邪魔したはずなんだけど。ボクの話、なにか聞いていないかな?」 「キュキュ?……ああ」 脳裏に過ぎる新参の彼女。 ルカとイリアの友人だという彼女は、確かに言っていました。『あとでもう一人来るかもしれない』。名前も言っていましたが、一番印象深いのは。 「ヒョロ長くてモヤシな人、って言ってました。なるほど。貴方ですか」 「………」 合点がいって喜ぶ私に、目を眇める青年。 えーと、名前はなんでしたっけ。コ……コ?コン…? 「…コンフェイトさん?」 「惜しいけど、それは森林の名前だね」 「あれ?失礼しました。…じゃあコンウェイさん、であってます?」 若干疲れたような、呆れたような表情で肯かれます。 「正解。ボクはコンウェイ、よろしくね。ユノさん」 「はあ…よろしくお願いします」 所属ギルドが知られているなら、名前を知られていても不思議ではない。 そう分かってはいるものの、名乗る前から呼ばれるというのも気分がよくありませんでした。曖昧に頷く私に、コンウェイの視線が落とされます。 その時、背後の商店からロニが出てきました。 服はところどころ裂け、顔面はゾンビのごとく。瀕死です。かわいそうに。 「ユノさん…やりました。俺は…トイレットペーパー、入手しました…!!」 「凄いですね。お疲れ様です」 「ああ、興味なさげな褒め言葉が染み入……っ!?」 コンウェイを視界に捕らえたロニが、一瞬で復活しました。 そしてぎらぎらと生気の満ちた目でコンウェイを見つめ、見つめ。 ……数秒後、再び死者のように脱力します。 「なんだ、男かよ…」 ぼそりと呟かれたロニの言葉に、コンウェイの眉がぴくりと動きます。 …なんでしょう。地雷なんでしょうか。性別話。 「ユノさん?誰ですか、そいつ?」 「キュキュの知人だそうです。名前はコンウェイ」 「よろしく。ロニくん」 全て無かったかのように穏やかに微笑むコンウェイ。 ロニはあーあーと頷き、「ヒョロ長モヤシか」と快活に笑いました。 キュキュの話の浸透率は半端じゃありません。恐らく乗船員全員が、まだ見ぬキュキュの友人をヒョロ長いモヤシと認識していることでしょう。 「…はあ。まったく余計なことを、」 「ああっ、やっと見つけた!おっちゃーん!!」 コンウェイの身体が一瞬にして硬直します。 聞こえ来る軽やかな足音。私とロニが首を捻ると、大きな目の愛らしい少女がこちらへ駆け寄ってくるところでした。 彼女は駆け寄ってきたそのままの勢いで、コンウェイの細い背を叩きます。 ……おっちゃん。おっちゃん…? 「すんごい捜したねんで?なんでウチ、置いてってまうのん」 「君が食べ物に釣られていなくなったんだろ?」 「仕方ないやん!こないにうまそうなモンぎょーさんあったら、目も泳いでまうわ」 けらけらと笑った彼女は、不服そうなコンウェイを捨て置いて私たちへと視線を向けます。 そして「アドリビトムの人、見つけたんやなぁ」と嬉しそうに微笑みました。 「…コンウェイ、彼女もお友達ですか?」 「せや!ウチ、エルマーナいうねん。アンジュ姉ちゃんに呼ばれたねんで」 「アンジュに?聞いてねえなあ」 不審がって目を眇めるロニ。 エルマーナは唇を尖らせると、ロニを見上げて不敵に笑ってみせました。 「細かいコトはええやん?ともかく、ウチも仲間にいれてーな」 「…まあ、そういうこと。バンエルティア号、だっけ?案内してもらっていいかな」 にこにこ笑顔のエルマーナ。疲れた顔のコンウェイ。 対照的な二人に圧倒されながら、私はロニと顔を見合わせました。 …数秒の無言ののち、頷きます。 「「とりあえず、買い物終わってからで」」 あとガムテープが残ってるんですよね。 お一人様一品までの限定品なので、四つ買えます。良きかな良きかな。 |