回転しながら宙を舞ったエミル。 彼の剣先が、弱っていたコウモリの腹を捕らえ、切り裂きました。 「きゃーん、エミルー!かっこいー!!」 「……」 私と並んで後衛にいたマルタが、身を捩じらせて叫びます。 こちらへ戻ってくるエミルは面倒そうに顔を歪ませたものの、まんざらでもない様子。犬も食わねーとはこのことです。居心地悪すぎて笑えます。 「えーと…今ので15体目ですよね。もっと頑張ってくださいよ、エミル」 「ッてめえ!さっきっから全然動いてねーじゃねえか!」 欠伸をかみ殺す私に、青筋をたてて詰め寄ってくるエミル。 戦闘の時は別人のように気性が荒くなる彼です。今は戦闘直後だからこうしてギャーギャー騒いでいますが、あと数秒もすればおとなしく… 「……あ、あれ?どうして僕ユノさんの襟掴ん……わわわっ!!」 ……なりましたね。 ふっと我に帰ったように目を瞬いたエミルは、慌てて私から手を離します。 そして即座に腰を折り、頭を下げ、もう土下座の勢いで謝罪に入りました。 面倒なので、マルタと一緒になだめます。 「大丈夫だよ、エミル!ユノさん怒ってないよ。慣れてるから」 「ちょっと!それどういう意味ですか」 「じ、じゃあやっぱり怒ってるんですね。すいません、僕全然覚えてなくて…」 …この二人、すごい面倒臭いですね。 大真面目に言うマルタと、対照的にどよどよと落ち込むエミル。 どちらを先に相手取るべきかと考え、最終的に無視しようという結論に達した時。 坑道の奥から、白い影がやってきました。 「はあ〜ぁ。もー、疲れたー。あいつ、どこ行ったのよ…」 見知らぬ女の子でした。白い服を着て、白い帽子を被っています。 どう見ても坑道には似つかわしくない彼女に私は首を傾げますが、エミルとマルタは揃って目を見開き、やってきた彼女を指差して。 「「あああああああああああっ!!」」 絶叫しました。 狭い坑道に木霊する声。びりびりと鼓膜が震え、頭痛が起きます。 私は思わず両耳を塞ぎながら、白い服の彼女が「うげっ」と嫌そうに顔を歪ませ、つかつかとこちらへ歩み寄ってくる様子を眺めていました。 「あら、やぁだ。マルタちゃんじゃない?お久しぶり。会いたくなかったわぁ」 「私だって会いたくなかったよ!」 にこやかに牽制する彼女に、マルタが歯噛みしながら対抗します。 ぎゃんぎゃんと響く二人の罵声。 私が呆然とそれを眺めていると、見かねたエミルが耳打ちしてきました。 「あの人、アリスっていうんだ。その…昔、色々あってさ」 「…ふうん。そうなんですか」 "色々"あった。 ずいぶんと湾曲に言われましたが、マルタがあそこまで嫌っているくらいです。 本当に色々あったのでしょう。興味ありませんけれど。 「てゆうかぁ。マルタちゃんたち、何してんの?こ〜んな暗くて狭くて埃っぽいとこで」 「ギルドの仕事。アリスこそ、何してんの」 「マルタちゃんに教えるの?…まあいいわ、アリスちゃんもお仕事よ」 肩をすくめたアリスは、でもデクスとはぐれちゃって困ってるの、と続けた。 エミルによれば、デクスとは彼女に心酔する変態らしい。変態ってお前。 「ねぇ、そこの知らない人?すんごい臭くてキモくてウザい奴、見なかった?」 「え」 突然話題を振られて驚きつつ、見てませんと首を振ります。 アリスはさほど期待もしていなかったのか、淡白な反応で目を逸らしました。 「…それにしても、臭くてキモくてウザいって、最悪ですね」 「そうなの、最悪なの。あんたも見ればすぐ分かるわ。3Kなんだから」 「3K?」 「キモイ。クサイ。キショイ、の3K」 顔を歪めて言い放つアリスですが、不思議とそれほど嫌そうには見えませんでした。 再びマルタと言い争いを始める彼女。 私は隣に立つエミルの耳元に軽く頭を寄せ、向こうの二人に聞こえないよう注意して話しかけました。 「…彼女、結構不器用な人ですか?」 「アリスのこと?どうだろ…うん。そうかもしれない」 エミルは困ったように笑った後、サドだけど悪い人じゃないよ、と続けました。 サド。というと、あれですか。ジェイドと同じ類の人でしょうか。 どちらともなく会話を切り上げ、目の前の罵りあいを眺めます。 …収まるどころかヒートアップしてるんですが、これ誰が止めるんでしょうか。 無言でエミルに視線を向け、視線を返され。 延々と面倒ごとの押し付け合いを続けていると、また知らない声が聞こえてきました。 男のようです。 こちらに近づいてきているようでした。 「アぁああリスちゃあああああん!よかったあああああああ!!」 壁のずっと上にあった通気孔から飛び出してきた影。 "彼"は空中でぐるぐると回転したのち、アリスと私達の中間地点へと着地します。 キラリと決められるポーズ。鼻をつく、強烈な悪臭。 ……ああ。キモイ、キショイ、クサイ。なるほど。 「っ…デクス!どこ行ってたのよ!!」 「ごめんよ、アリスちゃん!君を捜していたら、大量のコウモリに追いかけられて」 「そうじゃなくて、なんではぐれたのかって聞いてんの!」 アリスはマルタから離れ、いちいちうざったいポーズをキメながら喋るデクスへ近づき、その脛を蹴り飛ばしました。クリーンヒット。超痛そう。案の定、デクスは一瞬で膝を折り、呻きながら蹲ってしまいました。 「騒がしい人たちですね」 「そうだね」 「…ていうか、待って?さっきデクス、変なこと言わなかった?」 マルタがそう言うのを待っていたかのように、通気孔から真っ黒い影が飛び出してきます。それも、大量に。奇声を上げながら。 …目を凝らすまでもありません。それは凄まじい数のコウモリでした。 「……討伐指定数は、20。あと5体殺せば帰れますよ」 「…残りの30体に追われながら帰るの?」 「デクス!何してんのよ、バカ!バカ!死んじゃえ!!」 「ご、ごめんよ〜アリスちゃんー!」 取り出した鞭でべしんべしんデクスを殴っていたアリスに、気の早いコウモリが襲い掛かります。 その牙が彼女に届く、その寸前。 大人しく殴られていたデクスが取り出した大剣で、その身体を断ち切りました。 ……結構強いんですね。びっくりです。 「これなら、私なにもしなくて平気そうですね。頑張ってください」 「またそれか、テメェ!」 「ユノ、冗談いいから構えて!はやく!」 早々に離脱しようとした私をエミルが殴り、引き摺り戻し。 更にマルタの叱責を受けました。…ほんと、忙しいですね。この二人。 「仕方ないから、手伝ってあげる。マルタちゃんとペットちゃんじゃ頼りないもの」 「アリスちゃんに感謝するんだな!」 「うざいっつーの!こんなの、エミルがぜーんぶ倒しちゃうもん!」 「ッお前ら、いつになったら黙るんだよ…!」 各々の武器を構えながら、大量のコウモリに向き合う四人。 ……これ、本当に私いりませんよね。帰っちゃだめなんでしょうか? |