机に突っ伏すリタは、うわ言のようにぶつぶつと呟き続けている。 彼女の目の前にあるのはジルディアの牙関連の資料のようだ。 ここ数日、俺たちアドリビトムの研究者は強行軍で、偶然居合わせたノーマが卒倒したのも記憶に新しい。つい先刻もキールがダウンしたばかりなのだ。 「…おーい、リタ?お前も休めよ。俺、お前が寝てんのここ数日見てねーぞ」 「うっさいわね…あんたに見せるわけないでしょ」 実に億劫そうな返事だった。机から目を逸らしもしない。 俺は溜息をついて、小さくなった背中を見つめた。 「気が散るからどっか行きなさいよ。邪魔」 後ろに立ってることすら許してもらえないらしい。 その後矢継ぎ早に繰り返される「邪魔」「消えろ」「うざい」の連鎖に舌を巻きつつ、大人しく退室する。 疲れていないと言っていたが、まあ当然嘘だろう。 俺の知る限り、リタはもう三日ほどあの場所から動いていないのだから。 「……他に頭いーやついっぱいいんのになぁ」 「あら。それって、私のこと?」 「!?」 廊下を歩きながらの独り言に、他人の口が挟まれる。 ぎょっとして立ち止まると、目の前には跳ねまくったピンク頭が見えた。 彼女、ハロルドは得意げにぐふふと嫌な笑い方をし、俺を見上げてくる。 「帰ってたのか。どうだった、砂漠?」 「凄かったわよ〜。牙、ちょーデカい。影響もちょーデカい」 明るい口調のハロルドだが、どことなく辟易した響きだった。 影響がデカい。このハロルドが言うくらいなのだから、相当なものなのだろう。 「ありゃあチンタラしてらんないわね。即行で帰って分析するわ」 「…手伝う。何すればいい」 「あらホント?でも今はいいわ。それより」 先ほど同様、にんまりとしたハロルドが指を突きつけてくる。 「おなかすいちゃった。ご飯持ってきて」 一拍沈黙して、言われずともそうするつもりだった、と応える。 その返答が不満だったらしい。 ハロルドはむっとして、つまんない、と吐き捨てては研究室へと戻っていった。 ひょこひょこ跳ねるようにして立ち去ったハロルドを見送り、再び歩を進める。 目的地は厨房。 クレアやリリスは、確か買出しに行っていたはずだ。 ロックスもこの時間は洗濯や掃除に忙しい。…だから多分誰もいない、はず。 「…うし。イリヤおにーさん、久々に本気出しちゃうぞー」 ただしほどほどに、と心の中で付け加える。 ルーティ曰く、俺は病的に凝り性らしい。クリームシチューを作るのに半日かけたこともあるし、カレーを三日三晩不眠で煮込んだこともある。…それでも、俺個人としては不服な出来だったのだけど。 リタの好物ってなんだっけ、と思案しながら手を動かす。 一時間が経過した時にクレアとリリスが帰ってきた。 研究組への差し入れを作っていたと言えば、イリヤさんだって研究組でしょう、疲れてるんだから座っててくださいと詰られる。 心遣いに感謝しつつ、遠慮させてもらった。 「…ここまでやったし、最後までやらんと気がすまないんで」 「本当凝り性なのね、イリヤさん」 「目がマジすぎなんですけど…お料理してるんですよね?」 クレアとリリスが居心地悪そうに目をそらしたのち、じゃあ手伝いだけでも、と手を貸してくれる。こちらは俺からお願いした。 ……俺ひとりでやってたら、明日の朝になっちゃいそうだったから。 開始から二時間が経過した。 「いやぁ、美味しそうです。イリヤ様は器用ですね」 「クレアとリリスのお蔭だよ。それより手伝ってくれてありがとうな」 「いえいえ」 ロックスと並び、食事の乗った盆を運ぶ。 研究室の扉を開けば、小さな背中が増えていた。リタとハロルドだ。 彼女たちは俺たちの入室に気付いていないらしい。 ぴくりとも動かない背に、ロックスと顔を見合わせてしまった。 発声のために、少しだけ深く息を吸う。 「ご注文の品、お届けに参りましたー」 「…イリヤ様?なんです、それ」 「出前」 ハロルドとリタがゆっくりと顔をあげる。二人の腹の虫が、同時に悲鳴をあげた。 |