結論から述べますと。
ヴァンを見つけるのには、数十分かかりました。

そして更に、私の中での誤算が二つ。

「…リグレットは一緒じゃないんですね」
「そんなに意外か?年中一緒にいるものでもないぞ」
「それもそうですね」

リグレットが一緒じゃない、となると。
彼女はこの後に別個で探さなければなりませんね。面倒臭いです。
そして、二つめの誤算は。

「そちらは、どなたですか?」

「……」

ヴァンの傍らで、全身を簡素なマントで覆っている人物。
それなりに小柄なその人物は、まるで私から身を隠すかのように、ヴァンと壁の間に生じた僅かな隙間に佇んでいました。
俯いているので、顔はおろか口元すら窺えません。
よって男か女か、小柄な大人か本当に子供なのかもわからない。

…の、ですが。
なんとなく、目の前にいるのが『小柄な少年』であることがわかってしまいました。

興味ないんですけどね。それとこれとは、話が別のようです。

「隠しても無駄…なのだろうがな。
 お前ならば、言わずとも解るのではないか?名前・名字」
「…それもそうですね。言わなくていいですよ。別に」

自分から訊いておいて何かとも思いますが、そのあたりはヴァンも"彼"も気に留めていない様子でした。

形容しがたい、硬くて重い空気が立ち込めます。

「………あっ!そうだ、忘れてました!」
「?」

このまま立ち去ってやろうかと考え始めて、ふと思い出しました。
そうだ。本題がまだ済んでないじゃないですか!

「えーと。ちょっと待ってくださいね、あなたのぶんを取りますから」
「書類か?ご苦労だったな」

ディストの部屋での揉め事や、ラルゴとの会話での間で随分と書類がばらばらになってしまっています。
その場に立ったまま半分に分けようとあたふたしていると、ええまあ、案の定と言いますか。

「……」
「………」
私達の足元に広がった、およそ三十枚ほどの紙。
白い絨毯さながらに散らばったそれを三人とも無言で見つめます。
時間が止まったかのような沈黙。
引き攣った笑顔で床を見つめている私に、ヴァンとマントの少年が胡乱な視線を向けてきました。

「…ごめんなさい。拾います」
「私も手伝おう。…シンク、お前も拾いなさい」
「…ふん」

……あれ?
三人で床に散らばった紙をかき集めながら、先ほどのヴァンの言葉に首を傾げました。
よく聞こえなかったんですが、今のは名前…でしょうか。
いえ、どうでもいいんですけど。

「ありがとうございました。お手数かけてすみません」
「いや、構わない」
「ではこちらを。…あ、サインお願いします」

あらかじめカンタビレから渡されていた確認用の用紙と、携帯用のペンをヴァンに手渡します。
頷いた彼がペンを走らせている間、再びヴァンと壁に挟まってしまった少年へと目を向けました。

「貴方も、ありがとうございました」
「…別に。ボクはアンタのために手伝ったんじゃない」

なんだ。結構普通に喋れるんじゃないですか。

「ええまあ、それはわかってますけれど。形式的に」
「変な女」
「よく言われます」
「…」

小さく舌を打ち、目を背ける少年。
一応の礼は言いましたし、ヴァンも書き終わって待っているようなのでこれ以上の会話は必要ないでしょう。
「…はい。確かに」
几帳面な字での署名を貰い、ヴァンへ頭を下げました。

「つかぬことを訊きますが、ヴァン。リグレットの居場所はわかりませんか?」
「…リグレットか。つい先ほど、任務から帰還していたようだったが」
「そうですか。ありがとうございます」

となると、神託の盾本部の可能性が高いですね。
どの道カンタビレ師団長への報告に戻らなければなりませんし、ちょうどいいかもしれません。

「それでは、私はもう行こう」
「はい。ご苦労様でした」

適当に労って、少年とともに外套を翻すヴァンの背を見送りました。
途端に、重かった空気が溶けて消えたような感覚に包まれます。…実直に言えば、肩の荷が下りた、とでも表現するのでしょうか。
何はともあれ、よかった。
なにごともなく終わった。

「名前!!」

「…へ?」
安堵の息をついていた私に、随分と焦りまくった声がかけられました。
ちょうどヴァンが去っていったほうとは別方向に向き直れば、駆け寄ってくる黒衣の女性。
「リグレットじゃないですか」
彼女こそが、今から探しに行こうと思っていた、リグレットその人でありました。

私の目前で立ち止まった彼女は、表情こそ普段通りですが明らかに焦っています。
「どうしたんです?そんなに慌てて」
不審がって尋ねると、リグレットは真面目くさった顔で「閣下を知らないか」と尋ね返してきました。

ああ、そういうことですか。

「ヴァンなら、先ほどあっちの方に…」
「そうか。すまない、感謝する」

私の言葉を最後まで聞かず、迅速に頷いて迅速に走り去っていくリグレット。
その後姿を呆然と見詰めていると、私の手元から再び書類たちが滑り落ちていきました。

…え、これ。追いかけなくちゃ駄目な感じですかね。

「ちょっとっ…待ってくださいリグレット!リグレットー!!」
書類をかき集めて走り出すまで数十秒。
そしてリグレットに追いつくまでは十数分もの時間を要してしまいました。

あまりの遅さに、カンタビレ女史がぶち切れて責務を山積みにしてきたのは、また別の話です。


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