最初にディストに会って正解でした。
さすがに、他の面々の自室をスプレッドでぶち壊すわけにはいきませんものね。

「ということで、命拾いしましたね。僥倖です」
「何が『ということ』なのかさっぱり解らん」

手渡した書類をぱらぱらと捲りつつ、呆れ顔でかぶりを振るラルゴ。
彼は部屋備え付けの椅子に腰掛けているのですが、それでやっと立っている私と視線が合っている有様です。
巨体というものは、座っていても威圧感が段違いですね。
どうでもいいですけど。

「解らんって、簡単な話ですよ。
 部屋は壊れずに済み、逆上した貴方に殴られただろう私の命も無事なんですから」
「…命拾いって、お前のか」
「私のです」

きっぱりと断言する私と、肩を落として深々と息をつくラルゴ。
さて。

「では私は行きますね。お邪魔しました」
「…いや。少し待て、名前」
「?」

即座に身を翻し、退室しようとした背に声がかけられました。
振り返ると、書類に目を落としたままのラルゴが目に入ります。
「この内容は読んだか?」
彼の示す書面の一節を覗き込むと、そこには『第一・第六師団の合同実習』についての説明やら詳細やらがつらつらと並べられていました。
……って、ちょっと待ってください。なんですかそれ。

「き、筋肉バカの第一師団と合同…ですって…」
「筋肉バカとはなんだバカ娘」

冗談じゃないです。断固拒否します。絶対サボります。

「嫌ですよ私。行きませんからね」
「まあそう急くな、俺が言っているのはここの部分だ」
「え…?」

珍しく磊落な笑い方をするラルゴに眉根を寄せつつ、彼の手元を覗き込みました。
どうやら、実習においてのグループ分けのようですね。
第一師団と第六師団はそれぞれ人数が多いので、実習も数日に分けて行われるようです。
それぞれ三十人くらい?にグループ分けが成され、その中の数人が責任者を担うのですが…

「ちょっと待ってください、なんで私が副隊長なんですか」
「響手だからだろう」
「ぅぐっ…」

間髪いれずに返された現実に、思わず息を詰まらせました。
えーえーそうなんですよねえ。無駄に役職だけ高いんですよね。
導師守護役時代の余波といいますか、イオンの置き土産といいますか。
私に出世欲なんぞは微塵もありませんので、全然嬉しくないんですけれども。

…こうしてだらだらと、サボったり色々していたら降格されないかな、なんて思ってないですよ。決して。

「まあよろしく頼むぞ。名前・名字響手さん」
「……」

私、ラルゴのこういうところ苦手です。

「…もう、行ってもいいですか?」
「ああ、いいぞ」

居心地の悪い空気から脱するべく、随分と減った書類を掴みあげて簡素な扉を開きます。
退室する直前に「さぼるなよ」と楽しげな声がかけられましたが、もう放っておいてほしいですね。

会わなければならないのは、あと二人。

リグレットはヴァンと一緒にいる可能性が高いので、行き先はヴァンを基準に考えることにしましょう。
会いたくないんですが、仕事なので仕方ありません。
「………はぁ」
すっげー会いたくないんですが、仕事なので仕方ありません。

「帰りたい…」

仕事だからと観念しつつも、漏れ出る溜息は止められませんでした。
カンタビレも随分と周到ないやがらせを考え付いたものです。

リグレットが一人になるのを見計らって、ヴァンのぶんもまとめて渡そうかとも考えました。
けれど、なんということでしょう。ヴァンの分だけは、本人の確認印が必要と来たではありませんか。

合同実習の際は、カンタビレに全力の譜術を見舞ってやろう。
そう心に決め、再び閑静な廊下を歩み始めました。


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