「ダリス!お願いだ、もうやめてくれ!」
心なしかいつも以上に元気だったスタンとルーティを牢屋から救出し、一人だけ別の場所に連れていかれたというマリーを追って数十分。
辿りついたハイデルベルグ城の中枢に、彼女はいた。

大剣の切っ先を床に向けたまま、能面のような無表情でマリーの泣訴を聞く黒髪の男。
ダリス・ヴィンセント。顔を見るのは、随分と久しぶりだ。

「こんなことをして何になる?一緒に帰ろう、私は―…」
「黙れ、マリー。お前はもう、私と一緒にいるべきではない」

暗く押し殺したような声音で言い、ダリスが一歩二歩と横に逸れる。
そうしてマリーという名の障害物を避け、奥の集団に混じったウッドロウをまっすぐに見据えた。

「私には、サイリル義勇軍を統治する義務がある。
 …ウッドロウ・ケルヴィン。剣を以って、この国の未来を語ろうではないか」
「…」

ウッドロウが押し黙る。完全に視界から外されてしまったマリーが、涙に濡れた顔で膝をついた。
「…なあ、ルーティ。この戦い、必要なもんだと思う?」
囁くような大きさの声で、隣に立っていたルーティに問う。彼女は思考することなく首を振った。
「そんなわけないじゃない!家族同士が戦うなんて、そんなの絶対っ…!」
「…そうか。俺も同じ考えだよ」

事を見守っている集団から、少しだけ歩み出る。
さりげなくフィリアを手招きすると、静かに頷いた彼女が俺についてきてくれた。
「あ、あの…イリヤさん。まさかとは思いますけれど…」
チェルシーが引き攣った顔で尋ねてくるが、当然のように黙殺。
フィリアと共にウッドロウの隣へ並んで、訝るようにこちらを見つめるダリスに向き直った。

「マリーさん」
フィリアの声音は驚くほど優しい。
が、その顔はこの状況でも輝くばかりに朗らかで、光る眼鏡の奥の瞳は窺えない。
マリーの泣き顔も、チェルシー同様に引き攣った。

「手当てはきちんといたしますから。ご安心くださいね」
「ち、ちょっと待って!フィリアにイリヤ、この状況でそれはちょっと…!」
「「ボムレインっ!!」」


少々お待ちください。


技名こそさっきと同様のものだが、投げた個数は倍ほどに違って少ない。
ダリスを包囲し、確実にダメージを与えるためだけに投げた薬品の数々は見事命中し、砂塵が晴れた時には意識を失って倒れ付した義勇軍リーダーの姿だけがそこにあった。
多少城が壊れたが、崩れなかったのでよしとしよう。

「ダ、ダリス!」
硬直状態の解けたマリーが、倒れたダリスに駆け寄る。
しゃがみこんでその上体を抱えれば、小さな呻きとともにその瞼が押し開かれた。
…よかった、死んでなかった。

二年ぶりに再会したマリーと、仇敵であるはずのウッドロウ。
憔悴した声音ながらも、彼らとしっかりと会話するダリスの顔を、仲間たちと共に遠巻きに眺める。
「…イリヤ。もしかしてマリーとダリスが戦わなくてすむように、気を遣ってくれたの?」
「え?」
ふいに投げられたルーティの声に目を瞬いた。
…どうだろうな。半分合ってるけど、半分違うような。
返答に窮して視線を泳がせると、リオンと視線がかちあった。そういうことにしておけ、と無言のままに唇を動かされる。

「ああ、うん。じゃあそれで」
「じゃあって何よ。じゃあって。…本当、テキトーなやつなんだから」
不機嫌そうな顔の中に笑みめいたものを浮かべたルーティが、俺に続けてフィリアに礼を言う。
どことなく、居心地が悪くなった。

「…みんな。すまないが、聞いてくれないか」
一通りの話が終わったらしいマリーが、ダリスを肩に負いながら俺たちに歩み寄る。

「わがままを言って申し訳ないのだが、私は…」
「いいのよ。わかってるわ」
マリーの申し出を、ルーティが遮る。
彼女は晴れやかな、それでいて寂しげな顔でマリーに微笑みかけていた。
「あんたはここに残んなさい。せっかく掴みなおしたダンナ、手放しちゃだめよ」
「ルーティ…!」
「マリーさん。お幸せに」
「…ふん。上には負傷したので捨ててきたとでも報告しておく。勝手にしろ」
「結構楽しかったぜ。また会おうな」
笑いながら続けられる、別れと祝福の言葉。
マリーは目にいっぱいの涙を浮かべ、ありがとう、と頭を下げた。

二人の背が遠ざかっていく。
「…さて。残るはグレバムだけね」
別れの余韻もそこそこに、ルーティが天井を仰いだ。
全員が頷き、後に控える決戦に思いを馳せる。…もう少しだ。もう少しで、全部が終わる。

「じゃあ、行こう!」

高らかに宣言したスタン。
いち早く集団から抜け、先導しようとした彼が、ふっと視界から消えた。
「………アレ?」
「あっ」
呆然としつつも追いかけると、先ほどのボムで生じたらしい床の大穴に足を取られ、大理石の床に顔面から突っ伏しているスタンの姿があった。
無言で向けられる、ウッドロウとチェルシーの視線。
俺とフィリアが、無言で顔を背ける。

「…あとでストレイライズ神殿とセインガルド研究院に請求しておきますね」
「や、やめて!クビになっちゃう!」

他国の城を破損したなんて知れたら大目玉だよ!
慌てる俺とフィリアを尻目に、リオンとルーティが深々と溜息をつく。
…なんだかいちいち締まらないが、これが俺たちなんだと思う。
これでいいんだと思う。

「…いいから、早く俺を助けてくれよ…」
「「あ…」」

ごめん、スタン。完璧に忘れてた。


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