積もった雪が、月明かりで光っている。
「寝ないのか?」
寝ぼけ眼を擦りながら発した声に、宿のテラスで佇んでいたウッドロウが振り返る。

「…イリヤくんか。少し、目が冴えてしまってね」
階下の惨状を眺めていたらしいその顔は、悲壮にやつれていた。
隣に立ちたいのはやまやまだが、いかんせんテラスが狭い。これでは室内から見守るしかない。
…決して寒いからではないぞ。決して。

「また会おうとは言ったものの、まさかこんな状況になるとはね。
 スタンくんもだが、もてなすどころか厄介ごとに巻き込んでしまって申し訳ない」
「…いや、巻き込んだのはこっちだ。謝らないでくれ」

幾度となくグレバムを取り逃がし、ファンダリアという国に災禍を追い立ててしまった。
国王は討ち死にし、王子のウッドロウは王都を追われ。
恐らく今この国で最も辛い境遇に立たされているだろうウッドロウに詫びられることなぞ、俺にはなにもない。

押し黙るウッドロウを前に視線を泳がせる。どうやら俺は、実に豪快に邪魔をしたらしい。
「ごめん、邪魔して。俺はもう寝るから気にしないでくれ」
「…いや。時間があるのなら、少し話に付き合ってはもらえないか?」
小さく首を振り、微笑を浮かべるウッドロウ。
「君と話すのは楽しいからね」
冗談めかした口調に少し安心した。気力が折れてしまったわけではないようだ。

「ダリスのことを考えていたんだ」
「ああ、昼間の…」

ウッドロウが頷く。
脳裏に、昼間出会った黒髪の男の姿を思い浮かべる。
ウッドロウを追っていた男だ。ダリス・ヴィンセント、と呼ばれていた。現在グレバムの…言っちゃ悪いが傀儡となってハイデルベルグの王家を強襲した、義勇軍の頭。
そしてずっと忘れ去られていた、マリーの大切な人。

「彼は聡い人物だった。信頼に足る人物だと、そう思っていたのだが…」
「…」

嘘ではないと思う。だってあのマリーの"夫"だ、愚劣な人間であるわけがない。

「どうだろう。だけど二年やそこらじゃ、人間の本質って変わらないんじゃないか?」
考えた末に出た言葉がそれかと自嘲しつつ、先を続ける。
「俺は二年前のダリスを知らないけど…でもウッドロウが信頼できるって思ったやつなら、
 きっと俺ですらも信頼できる人間だったんだと思うんだけどな」

室内の壁に肩を預ける。かなり眠いが、表面に出さないよう細心の注意を払った。
目を伏せて聞いていたウッドロウは寂しげな微笑を浮かべたまま、白い息をつく。

「…君たちはどうしてそこまで、私を信じてくれるんだい?」
「決まってるだろ。命の恩人だからだよ」

あの時ウッドロウが助けてくれなかったら、俺とスタンは凍死して冬の山に埋まっていたことだろう。
黙って俺の顔を凝視するウッドロウ。何事かを言おうとその唇が開かれたとき、俺の背後の扉が静かな音を立てて開かれた。

「!」
「ん?…あれ、チェルシー?」
目を擦りながら入室してきたのは、ウッドロウの姉弟子兼、俺達の命の恩人その三であるチェルシー・トーンだった。
彼女はのそのそと緩慢な動作で俺の横に立ち、ウッドロウさま、と舌ったらずに拍車のかかった寝ぼけ声で言う。

「お部屋にいらっしゃらなかったようなので…どうかなさいましたか?」
「…いや、大丈夫だ。私も眠るよ」

寒いテラスから室内に戻り、自分を見上げる少女の頭を撫でるウッドロウ。
優しげな横顔に安堵しながら、欠伸で開いた大口に手のひらを当てる。可笑しそうに笑われたので少しだけ恥ずかしくなった。

「イリヤくんもそろそろ戻ったほうがいい。一緒に戻ろう」
「そうだな。寒いし」

こくこくと舟を漕ぎはじめたチェルシーを軽々と抱えたウッドロウに続き、客室に戻る。
スノーフリアの宿は現在負傷者の休息所として機能しているため、旅人が普段のように使える空き部屋は皆無に等しい。
チェルシーの祖父であり著名な弓匠、アルバ・トーンのお蔭で大部屋がひとつ取れたものの、これだけの大所帯。数人は床に毛布を敷いて雑魚寝している。

「……あー…」
ベッドを使うのは、当然負傷者であるウッドロウとチェルシーが最優先。
次に老人であるアルバさん、そして女性陣。ヒエラルキー最下層の俺達男性陣は当然のように雑魚寝組だ。
で。

「ん、んー…リリス…もうまんぼうは、やめて……」
「………ッ」
器用にも毛布にくるまった芋虫状態で転げまわるスタンと、被害を被っているリオン。
二人とも寝ているようだが、…えぇ?俺この隣に寝るのかよ…。

「…イリヤくん、私と代わるか?」
「…いや、大丈夫。大丈夫だ…たぶん」

翌朝、痣だらけになってぶち切れた俺とリオンに追い回されるスタンの絶叫がティルソの森に響き渡ったことは、言うまでもない。



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