変わらず美しい人だと、彼女の後ろ姿を見て思う。

乗るのが何度めかも知れない船は、アクアヴェイルに向けて運航していた。
リオンの策で脱走したバティスタの行き先がそうだったらしい。で、イレーヌが気を利かせて俺達に船を用意してくれたのだ。

敵国であるアクアヴェイルには迂闊に近づけない。
砲撃の届くぎりぎりまでは送ってくれるそうだが、その後は…うん。かなり強行軍になりそうだ。

「何してんだよ、ルーティ」
「ッ…!」

甲板の影に潜み、佇んでいたルーティに声をかける。
面白いくらい跳ね上がって驚いてくれたが、別に脅かす意図があったわけじゃないのに。心外だ。
俺は未だ呆然と胸元を押さえている彼女の前を経過し、甲板の奥を覗き込んだ。
海風に長髪をたなびかせる、男女の姿が見える。
「……あー」
そして全てを把握した。

「なるほどね、イレーヌとスタンが気になるのか。素直じゃないなルーティ」
「ち、違うわよ!そんなんじゃないわ!」
ヒステリーを起こして身を乗り出すルーティ。声が大きい。隠れている意味がなくなってしまう。

「…あたしさ、あの人やな奴だなって思ってたの」
「あの人?」
疑問を口にした直後に解決した。確かにルーティはイレーヌに対して終始棘のある態度を貫いていたからだ。

「だけど、…わかんなくなっちゃった。理想を語るあの人を見てると、あたし…」
「…理想、ねえ」
イレーヌはノイシュタットの中心人物だ。
貧民を救い、全てを平等にと考える清廉な人格の彼女だが、…そんな彼女が他でもない、あの街を貧富に分けたオベロン社の幹部であるというのも皮肉である。
よって当然のように、ノイシュタットの人物は彼女に厳しい。
勿論好意的な人間もいる。けれど、コングマンを始めとして彼女を嫌う人間が多いことも事実。
"偽善者"と、誰かが言っていた。

「俺はさ、見える目標を達するのに精一杯だから。よく分かんない言葉ではあるね」
「…そうなの?」
「?なんでそんな意外そうな反応するんだ?」
軽く目を見開いたルーティに首を捻る。

「なんかあんた、凄く楽しく生きてそうだって思ってたから。
 夢とか希望とか理想とか、小奇麗なもんいっぱい持ってる感じがしてた」
「おいおい、希望しか持ってねーぞ。そん中」

生きてるのは楽しいさ。
友達もいて、やるべきこともあって。それらを守りたい、維持したいと願ってはいるものの、それは"理想"じゃない。
俺の中の理想は、決して達成なし得ない夢物語と同義だから。

「そうだな…なんか、傲慢な気がすんだよな。今の俺、結構幸せだし」
「…枯れてんのね。あんたあたしと同い年じゃなかった?」

深々と息をつき、壁に寄りかかるルーティ。
「そういうお前はあるのか?理想ってヤツ」
枯れているという表現に不快になったわけでもないが、若干声音が尖る。
それが拗ねたように聞こえたらしいルーティは、先ほどとは表情を一転させて微笑んだ。
…決して柔らかなものではなく、いわゆる"いじめっ子"の微笑だったけど。

「そうね、あたしは―…」

ルーティが口を開いた瞬間、静かな音をたてて船が停止する。
二人揃ってたたらを踏み、立ち直る。周囲を見渡せば、こちらへ歩み寄ってくるスタンとイレーヌが見えた。
「ちょ、やばっ…戻るわよ、イリヤ!」
「は?なんで?」
「いいから!」
俺の手を引き、慌だたしく船室に舞い戻るルーティ。
訳がわからない。
…ていうかそもそも彼女、どうしてここに隠れていたんだろうか?



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