「じゃ、今からいじるから。絶対動くなよ」
「わ、わかってるわよ…」

簡素な椅子に腰掛け、軽く背筋を伸ばすルーティ。
ぴたりと硬直した彼女の後ろに立って、その頭部に装着されたティアラに触れる。
当然のように、漏電対策の手袋は抜かりない。

俺達がカルバレイスへ向けて出港し、丸一日が経過した。

そしてティアラが罪人に装着されてからは、ちょうど六日。
そろそろ専門家のメンテナンスをしないと、いつ放電してうっかり死んでもおかしくない頃合だ。
『メンテ係として、研究院代表してリオンくんについてって』。
最後に城で会った、レイノルズ先輩の声が蘇る。

「しっかし、これ本当に入り組んでるなあ。かといって外すわけにもいかないし」
「あたしは外してもらったほうがいいんだけどね」
「うん?それは船上で俺とリオンの二人を相手取って勝てる自信があるってことか」
「…」

冷や汗を滲ませたルーティが黙り込む。素直すぎる反応に畏敬すら抱いた。
その後は無言でティアラの整備を続ける。ほとんどが埃の除去だとか回線の確認だとか、単純な作業ばかりなのでそう時間はかからない。
ほどなくしてルーティに終了を告げると、彼女は全力で息をついたのちに脱力した。

「ああもう、心臓に悪い……ねえイリヤ、本当にこれで大丈夫なんでしょうね?」
「大丈夫大丈夫。まあ念のため定期的にいじるけどね」

それに、次の目的地はカルバレイス。
砂漠だらけのあの土地に行けば、精密機械であるティアラには砂塵が溜まる可能性が高い。
できれば毎日見たいところだけど…まあ、三日が限度かな。

「マリー、は終わったから…スタンか。おーい、スタン!」

船室に聞こえるよう叫んでみる。
返事はない。
そう大きい船じゃない。不思議に思って首を傾げると、ずっと俺達の傍で本を読んでいた"彼女"が顔を上げた。若草色の髪が、さらりと胸元に流れる。

「スタンさんでしたら、先ほど甲板に向かわれましたよ」
「甲板?…て、確か…」
「ええ。リオンさんを探してらしたみたいです」

たおやかに笑う彼女の名は、フィリア・フィリス。
ストレイライズ神殿の司祭で、神の眼を奪ったグレバムの追跡のために同行しているとのことだ。
しかし非戦闘要員である彼女は、リオンから言わせれば"足手まとい"らしい。
…で、あいつに何を言われたのかは知らないが、明らかにフィリアは元気がない。
おとなしい、というよりは落ち込んでいる、の表現が正しいだろう。

「呼びに行くの面倒臭いな。スタンの死因は感電死か…」
「見捨てるの早っ!」
目を剥くルーティに、フィリアは「きっと冗談ですよ」と引き攣った笑顔を浮かべる。
それこそ冗談じゃない。大マジである。

「なあアトワイト?もし面倒じゃなかったら、本当の本当に暇だったら、スタンを呼んでほしいんだけど」
『…私達の機能を完璧に把握してるのね。すごいわ』
呆れた声音で笑いながら、ルーティの腰に提げられたソーディアン・アトワイトが答える。

ソーディアン同士の特殊な意思伝達。
特定の距離さえ保てば、上下左右どのような障害があろうとも連絡がとれるという、便利極まりない機能である。
つまり、アトワイト→ディムロス→スタンで召喚しようという魂胆だ。
…え、そっちのほうが面倒臭いって?気のせいだよ。

「イリヤ、何か用か〜?」
階段を踏み鳴らす音と、能天気に呼ばれる俺の声。
視界に金髪が入るのと同時に、しっかりと頼まれてくれたアトワイトに礼を言う。
きょとんとするスタンを手招き、先ほどまでルーティが座っていた椅子を指し示す。

「早く座れ。溶かすぞ」

笑顔で、新調した白衣の懐から取り出した試験管をちらつかせる。
綺麗な紫と青色の液体が揺れる。スタンの顔色が、液体に負けず劣らず青く染まった。
電光石火で着席するスタン、けらけら笑うルーティ、そして。
「…素敵ですわ…」
どことなく恍惚とした表情で、俺の試験管を凝視するフィリア。
…なんだか、ものすごく見てはいけないものを見た気分になってしまった。

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