「っはー!疲れたっ!」
半壊状態の床に倒れ、仰向けになって空を見た。
俺たちの前には、瑕ひとつない"神の眼"が煌々と輝いている。
…やっぱり、壊せなかったか。
一時間ほど前を思い出し、疲労がたっぷり篭った息を吐く。

そう、一時間前。
神の眼を巡ってのこの旅が、首謀者グレバムの死によって集結したのは、ほんの一時間前のことだった。

「これ、壊したほうがいいんじゃないか?」
グレバムを倒した直後のスタンの言葉が脳裏に蘇る。
「こんなものがあるから、たくさんの人が傷ついたんだ。
 またグレバムみたいなことを考える奴が出るかもしれない。だから…」
「お前、僕たちの役目を忘れたのか?」

真摯なスタンに、リオンが胡乱な目線を送る。
「神の眼を持ち帰るのが、僕たちの使命だ。完遂できなければ、お前達は牢屋に逆戻りだぞ」
「げっ。それは勘弁…!」
ルーティが渋面を作る。…が、その直後。リオンは浅く溜息をついたかと思えば、再び鞘の中からシャルティエを抜き放った。

「やるならさっさとやるぞ。全ては戦闘における不測の事態だ」
「リオン…!」

スタンが目を輝かせ、ディムロスを抜く。
その場の全員が倣って各々の武器を構え、そして余力を振り絞った全力攻撃を神の眼に叩き込んだ。
……で。結果は、見ての通り。


「色々と得るものの多い旅だったよ」
飛行竜の一室で、椅子の背もたれに体を預ける。
向かい合うウッドロウは目を眇めるようにして微笑み、チェルシーはにこにこ顔で頷いた。
「スタンさんもですが、イリヤさんも初めて会った時とは別人のようです」
「マジで?…はは、嬉しい」
照れを隠すような笑い方で肩をすくめると、二人分の笑い声がかけられた。

「神の眼は壊せなかったけど…隠匿には、少なからず俺も力を貸すよ。
 安置における場所探しとか、周囲の生態系の変化とかね。仕事が山積みだぜ」
「そうだな。君が管理してくれるのなら、私も安心できる」

その後も和やかで無為な会話を繰り返していると、部屋の扉がノックされる。
どうぞ、とチェルシーが応える。入ったきたのは意外にもルーティだった。

「ねえ。リオン、知らない?」
「…リオンさんですか?」

意外な人物から出た、意外すぎる名前。
応対したチェルシーが振り返って俺達を窺った。首を振るウッドロウ。
「客室にいるんじゃないかな?あいつ、乗り物全般ダメだからさ」
「あー…やっぱりね。わかった、行ってみるわ。ありがと」
ルーティが扉を閉め、颯爽と去っていく。

「なんだったんでしょうねぇ?」
チェルシーが呟いて椅子に座りなおす。「彼女も思うことがあったのだろう」と、ウッドロウが感慨深そうに呟いた。

「…思うところ、ね」
リオンもだが、ルーティも旅の間にずいぶん変わった。
自己中心的な理由で喚くことも少なくなったし、仲間を放置してガルドを漁ることも…まあ皆無ではないが、最初に比べればかなり減った。
僥倖だと思う。

なんともいえない、達成感に似た感覚に身を委ねる。
ダリルシェイドに到着するまでは、まだ時間があった。

「…俺、みんなに挨拶してくるよ。到着したら時間なさそうだし」
「そうだな。それがいい」
「お気をつけて。イリヤさん」
二人を残して部屋を出る。…ちょうど廊下を歩いていたスタンと、目線がかちあった。

「あ、イリヤ。この部屋にいたのか」
「俺も探そうと思ってたんだ。…時間いいか?」
「もちろん」

太陽のような笑顔で頷くスタンに導かれ、別階の客室へ入る。
スタンの個人部屋のようだ。先のウッドロウの部屋よりも、心なしかベッドが大きいのを見て笑いそうになる。

「なんか、懐かしいな。イリヤと二人で飛行竜にいるのって」
「あー…なんかすっげー昔のような気がするわ」
一年も経っていないはずだが、あれからの時間の密度といったら尋常じゃなかった。

「なんかムカつくけど、スタンに会ったのが俺にとっての"始まり"なのかな。なんかムカつくけど」
「なんで二回言うんだよ!」
泣きそうな顔で叫ぶスタン。ナイスな反応だ。
呆れ顔を作っては大仰に肩をすくめて見せると、眼前の19歳は頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。年甲斐もない反応のはずだが、恐ろしいほどに違和感がない。

『我はイリヤに同意するがな』
「ディムロスまで!?」
「さっすがディムロス。あーあ、俺にマスターの素質があれば迷わずお前を選ぶのになあ」
『全くだな』
「お前ら、俺をいじめてそんなに楽しいのかよっ!」

ベッドに突っ伏すスタンを見て、けらけらと笑う。
笑う。
思えば、この旅の間じゅう笑ってばっかりだ。
辛いこともあった。苦しいこともあった。痛いことだってあった。
だけど。

「…ありがとな、スタン」

それでも、楽しかった。

きょとんと途方に暮れるスタン。彼が何事か言おうと口を開いたとき、飛行竜じゅうに着陸を告げる放送が鳴り響いた。

本当の終わりは、もうすぐだ。
この時の俺は、心の底からそう信じていた。今回の動乱は、俺の人生の一ページとして、静かに仕舞われるものと思って、疑わなかった。
本当の"始まり"が、"終わり"が、息を潜めて近づいてきていることも知らずに。


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