雪に包まれた王都、ハイデルベルグ。
実に久しぶりに訪れたその街は、異常なほどに静まり返っていた。
…さっきまでは。

「ウッドロウがいたぞ!」
「回り込んで捕らえろ!」「絶対に逃がすな!!」

多数の足甲が雪を踏み鳴らす音が、静寂の中に響き渡る。
怒声じみた指示が背後から逃げる俺たちを追いたてて、スタンとルーティ、マリーを除く全員が全力疾走で雪道を行く。

「また兵から逃げるのかよ、もういい加減にしろ…!」
「すまないイリヤくん、私のせいで…」
「イリヤさん、ウッドロウさまになんてこと言うんですかっ!」
「なんなんだお前ら超めんどくさい!」
ウッドロウとチェルシー、そして俺は雪道に慣れている。
よって走っていてもそれなりの速度が出るのだが、…リオンとフィリアは当然のようにいつもより遅い。
このままでは、捕まるのは時間の問題だろう。
しかし以前のようにジョニーが助けに来ることは勿論ありえない。よって自分たちでなんとかするしかないのだが…

「…ウッドロウ、街壊れたらごめんな。フィリア!」
「はいっ!」

掛け声と同時に、俺とフィリアが同時に立ち止まる。
唐突な謝罪に目を丸くするウッドロウとチェルシーが首を傾げ、リオンが顔を青くするのが見えた。
「お前たち、まさかここでやるつもりか…!?」
そうです、やるつもりです。
クレメンテの悲鳴を聞きながら、二人同時に懐から各々の"自信作"を抜き取った。

「「ボムレインっ!!」」

俺は紫。フィリアは緑。
どちらも自然界ではありえないだろう色の液体が篭った試験管やフラスコを、革命軍の兵士たちにおよそ合計三十個ほど投げつけた。
地を揺るがす爆音。
魂切る絶叫。
一気に蒸発した積雪が、霧のように周囲を覆い隠す。

「いえーい」「いえーいっ」
呆然とする一同を意に介さず、フィリアと明るくハイタッチをかわす。
立ち込めていた水蒸気が晴れたとき、その場にはクレーターのような跡と、吹き飛ばされて尻餅をついたまま震えている甲冑の兵士たちが残されていた。

「………ッ」
振り返れば、リオンもまた震えている。最も彼のそれは、恐怖ではなく怒りだったんだろうけど。
「馬鹿どもがっ!余計に兵士を呼び寄せてどうするつもりだ!」
「だ、大丈夫大丈夫!今すぐ逃げれば大丈夫!」
「ならさっさと逃げるぞ!」
「おうよ!」
詰め寄ってくるリオンの先導で、その場を全力で離れる。
幸いにも、追ってくる者はいなかった。


「…で、さ。あの三人、どうなったかな」
市街地から外れた民家の影に身を隠し、荒い息を肩で整える。
見れば全員が疲労困憊といった体で、額の汗を拭っていた。この街を端から端まで全力で横断したのだから無理もない。
『ディムロスとアトワイトの応答はないのう…』
『捕まってしまった可能性が高いと思います。早く助けないと』
疲労と無縁のソーディアン二人が告げる。
このメンバーで唯一声の聞こえていないチェルシーには、ウッドロウが仲介に入っていた。

「…あ、そうだリオン。マリーは無理だけど、残りの二人なら…」
「ああ。今見ている」
ふと思い出して傍らのリオンに声をかけると、ちょうど彼も同じことを考えていたようだった。
その手の中には、安っぽい手のひら大の機械。初見であろう雪国の二人組が首を傾げる。

「スタンたち三人には、発信機がつけられてるんだ。
 マリーだけは諸事情で外しちゃったんだけど、残りの二人はコレでわかると思う」
「へええ。セインガルドの技術ってやっぱり凄いんですねえ」
チェルシーが目を輝かせる。
リオンの手元を覗き込むと、画面に二つの反応が並んで表示されていた。

「この方角は…間違いなくハイデルベルグ城だな」
「やはり捕まってしまったようですね。早くお迎えに行かなくては…」
やっと呼吸が整ってきたらしいフィリアが呟く。
リオンは不愉快そうに頷いて、世話のかかる奴らだと吐き捨てた。…一見冷たいように見える反応だけど、最初に比べれば劇的な変化だと思う。

「でもどうすんだ?言っとくけど、このメンバーで城の正面突破は無謀だぜ」
「いや、問題ないよ。王家に伝わる緊急脱出通路がある。私達が逃走の際に使った道だ、安全は保障しよう」
『…よいのか?防衛上の最高機密だと思うのじゃが…』
「構わんよ。君たちは私の仲間だ」

爽やかに笑ったウッドロウが、背を預けていた民家の窓を開ける。
そして手近な木箱を足がかりに室内へ入り込んでは、俺達を手招いた。
真っ先に手を伸ばしたチェルシーに続く。降り立った室内は暖かく、踏んだ絨毯は柔らかい。

「…ここ、誰も住んでないのか?」
「はい。けれど重要な場所ですので、時々ダーゼンさまがお掃除なさってました」
「ダーゼンさま?」
フィリアが首を捻る。チェルシーはなおも笑って、ウッドロウさまの側近さんですと誇らしげに言う。
側近、か。セインガルドでいうドライデン将軍のようなものだろうか。

その後に突き進んだ極寒の地下通路で、そのダーゼンという人物に出くわし、あまりの気迫と忠誠心に舌を巻いたのは、また別の話。



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