この街は、なんか苦手だ。

桜の花びらの乗った風を受けながら、美しく整えられた街並みを眺める。
フィッツガルドの中心、ノイシュタット。
本格的な開墾が始まったのが最近であるこの国は、俺達研究者が足を運ぶことも少なくない。
よって来ること自体は初めてじゃない、んだが…

「こんなものがあったなんて初めて知ったよ…!」
「イリヤ、そっちの味も食べてみたい。一口くれないか?」

スタンが知り合いらしき人物と喋っている間、ふらふらと集団から離れていったマリー。
何の気なしに後を追ってみたのだが、彼女の目的は実に良いものだった。

手に持った木の棒を、マリーのものと交換する。
アイスキャンディーというらしいこの氷菓子、冷たいし甘いしで凄く美味い。リオンが好きそうだ。

「マリーのバニラ味美味いなー」
「イリヤのストロベリーもなかなかだな。ルーティが好きそうだ」

マリーは俺とものすごく似通った感想を抱いているらしい。
その後も暫くさくさくと氷を齧る静かな音が続き、ほどなくして完食する。
はずれとくっきり刻印された棒をごみ箱に放り捨てると、隣に座っていたマリーの姿がなくなっていた。
「…ん?」
周囲を見渡す。数多く並ぶ桜の色が眩しい。

「イリヤー、次は何味にするんだ?」
「え?まだ買うのか?」

アイスキャンディーを販売するワゴンの前に、にこにこ顔のマリーが見えた。
駆け寄って尋ねると、あたり棒が当たったのでお土産も兼ねて大量に買うのだと笑われる。
俺よりも少しだけ背の高い彼女の笑顔は、桜の色よりも眩しかった。

「じゃあ、俺はメロンにする。リオンのぶんはソーダで頼む」
「わかった。じゃあメロンひとつ、アップルひとつ、ソーダひとつ、グレープひとつ、レモンひとつ、あとは…」
「ちょ、多くねえ!?」

なんの呪文だそれは!
目を剥く俺(と、店員)に尚も笑いかける彼女は、その後も全種類のアイスキャンディーを制覇して、一息と共に締めくくる。
…一本は安価な菓子でも、十数本注文すれば額もかさむ。
サイフを取り出そうとしたマリーを抑えて俺が支払ったものの、戦闘五回分くらいのガルドが吹っ飛んでしまった。
いや、大して使い道もないし構わないんだけどな。

「ありがとう、イリヤ。…しかし本当によかったのか?せめて半額だけでも私が…」
「いいよ。マリーが無駄遣いなんかしたら、ルーティに叱られるだろ」

アイスの入った箱を二人でぶら下げながら、来た道を戻る。
石畳の瀟洒な街並みは美しいが、この…ダリルシェイドにはない露骨な"作られた感"が、どうにも馴染めない。
ていうか、俺の存在が場違いっていうのもでかいと思うんだが。

「そうか。なら甘えさせてもらおう」
「うん。そうしてくれ」
箱を目の高さまで持ち上げ、楽しげに言うマリーに釣られて、俺も笑う。

「イリヤはいい男だな」
「…今その台詞はどうかと思うぜ、マリー」
現金すぎるだろう。彼女は記憶喪失だと聞いているが、だからこそルーティの影響が大きいのかもしれない。
和やかムードに若干の水を差された気分になり、困惑しつつ視線を前方へ戻す。
…と、ちょうど道の正面に立つ異国人の集団と目が合った。

「ま、マリーが…あたしのマリーが、イリヤとデートしてる…」
震える指を俺たちに突きつけ、慄くルーティ。
俺とマリーが揃って首をかしげていると、彼女はずんずんと目の前まで歩み寄り、俺をにらみつけた。
「ちょっと!あんた、マリーに何かしてないでしょうね!」
「してねーよ!」
何かってなんだ、何かって!

ぎゃあぎゃあと押され気味な口論を続ける。リオンの刺すような視線が痛い。
「そういえばイリヤ、マリーさん。その箱はなんですか?」
「あ、私も気になってたんですー…」
いたたまれなくなったらしいフィリアと、純粋に疑問に思ったのだろうスタンが歩み寄ってくる。
さすがのルーティも二人を挟んで罵詈雑言を並べ続ける気力はなかったらしく、不満そうな顔で押し黙った。助かった。ありがとう二人とも。

四人の輪から抜けて、仏頂面で立つリオンの元へ寄る。
アイスキャンディーを見た途端、ほんのちょっとだけ目が輝いたのがわかった。
…マリーに負けず劣らず現金なやつだ。見ていて飽きない。

「全種類制覇したんだけど、リオン何味がいい?」
「…………そんなことより、イレーヌを探すのが先だ。緊張感が足りないぞ」

毒づきつつも、視線はばっちり俺の手元に注がれている。
イレーヌ、か。
聞けば彼らは彼女の屋敷から出てきたところで、イレーヌのついでに俺とマリーを探そうと思っていたところだったらしい。
余計な手間が省けてよかったな、と笑ったら足を踏みつけられた。猛烈に痛い。

「まあ、あの人のことだしどっかの公共機関にいるんじゃね?入れ違いにならないように、誰かが屋敷で待ってたほうがいいと思うけど」

振り返り、道端でアイスをさくさくやり始めていた四人を見る。
…うん。食いながらじゃ、屋敷の中には入れないね。

「僕とイリヤが残る。お前達はさっき見た肖像画を頼りにイレーヌを探して来い」
嘆息しつつの指示に、四人が返事を返す。
街中に消えていく彼らの背を見送ってから、イレーヌの屋敷へと踵を返したリオンに声をかけた。

「で、リオンは何味が食べたい?」
「…僕はソーダを貰う」

やっぱり、現金なやつだ。



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