「いっやー半端ねえな、カルバレイス。俺絶対住めないわ」
「あたしもパス。埃っぽいしね」
「私も、暑いのはあまり得意ではないな」

カルビオラの宿は、地下に部屋があるだけあってかなり涼しい。
しかしそれは外に比べればの話であって、どっちかといえば寒いほうを好む俺には普通にきつい。
草で編まれたカーペットらしきものの上をごろごろと転がりながらそうぼやけば、部屋に残った三人のうち二人が呼応してくれた。

「……で、こんな中でよく爆睡できるな。こいつ」
俺の隣で転がり、けたたましいイビキを響かせているのはお馴染みスタン・エルロン。
騒音に慣れきった俺たちが溜息をつき、ルーティが鞘に込められたアトワイトの先端で、その馬鹿面をつっついてやる。

「フィリアが頑張ってるっていうのに、ほんと何様よ」
部屋にいないのは、フィリアとリオンの二人。
フィリアの方は、ストレイライズ神殿に忍び込むために尽力しているはずだが…そういえば、リオンの帰りが遅い気がする。

気に留まるのと同時に、転がっていた体制から立ち上がる。
ルーティとマリーの視線が持ち上がって俺を追うが、リオンを探してくると言えば簡単に納得してくれた。

暗い階段を登り、宿を出る。夕暮れの赤い日差しが目に飛び込んだ。
「…えーと、」
リオンはいったい何処にいるのだろうか。
周囲を見渡しても、あの特徴的なマントは見当たらない。通行人に居場所を尋ねてもいいんだけど、この国の人々が教えてくれるとは思えない。
探すか。
そう思い立って、乾いた地面を蹴る。飛び散った砂塵がまとわりつくが、不思議と不快ではなかった。



「ここにいたのか、リオン」
酒場の全貌を見下ろせる石橋。夜が近づくに連れて人通りの増えてきたその場所に、彼はいた。
いつから俺の接近に気付いていたかは知らないが、リオンは緩慢に振り返る。
強張ったその顔に、微妙な違和感を覚えた。

「そろそろ夜になるぞ。戻ったほうがいいんじゃないか?」
「…ああ、わかってる」
頷きつつも、リオンはその場から動こうとしない。
俺から歩み寄って隣に立つと、無言のままに視線を階下へと移した。

「イリヤと一緒に旅をするのは初めてだよ」
「…そうだなあ」

しみじみと感慨深い思いを抱きつつ、埃っぽい石橋に頬杖をつく。

「最近じゃ、俺もお前も忙しくなって昔みたいに会えなかったもんな。
 まあ、何年も一緒にいたくせに初めての旅がコレっつーのも、なんか微妙なんだけど」
「…」

反応が薄い。
黙り込んだリオンの顔を横目で窺い見ると、どうも心ここにあらずって感じだ。

「あのさぁ、エミリオ。さっきっから何考えてるか知らねーけどさ」
声音に呆れと溜息が篭る。
本名を呼ばれたからか、その呆れを読み取ったからかは知らないが、エミリオが弾かれたように俺を凝視する。そんなに慌てなくても、俺は逃げも嫌いもしないのに。

「そんな難しい顔してんなよ。心配しちまうだろ」

叱責を待つ子供のような顔をしていた彼の頭に手を乗せる。
そのまま片手でぐりぐりと撫でていると、呆気に取られていたエミリオの表情がみるみる変質していった。
「ッおい…お前、僕が今幾つだか解ってるのか…!?」
「知ってるよ。16だろ」
あっけらかんと言い放つ俺。
顔を真っ赤にしたエミリオが、怒りに震えながら腰に手を当てる。
…て、おい。待て。

『ちょ、坊ちゃん!いいじゃないですか、小さい頃はよくされてたでしょう!』
「黙れ!」

エミリオは喚くシャルティエの柄に手を宛がい、冷たい殺気を立ち上らせて俺ににじり寄ってくる。
瞬時に跳ね退いて距離を取った。周囲の人々の視線が痛い。

「なんだよ、もう!折角いい話な感じで閉めたのに!」
「っ…イリヤは僕を子ども扱いしすぎだ!いつもいつもそうやって…お前がそんな風だから僕は、」
「…は?」

歯噛みの音がここまで届く。
怒りというよりは落ち込んでいるような声音に戸惑い、警戒しつつも距離を詰める。
そして手を伸ばせば触れられる程度まで近づいた時―…俺の鼻先を、ブーツのつま先が経過した。
衝撃で落ちる、数本の横髪。

黙り込む俺に背を向けたリオンは、つかつかと宿屋の方向へ歩みを進め、去り際に何かを呟く。
蚊の泣くような声が更に風でかすれてはいたが、それでもきちんと聞き取れた。

"お前がそんな風だから、僕はいつまで経っても同じ場所に立てないんだ"。

真意も意図もわからないけど、それでも。
あいつも少なからず、この旅を楽しんでくれていることだけは理解できた。
「おーい、待てよリオン!」
いつもよりは歩みの遅い彼の背を追う。

夜の近づいたカルビオラは、昼間とは比べ物にならないほど涼しい。
…やっぱりカルバレイス、結構いいところなのかもしれない。
宿の一室で電撃の悶えるスタンの姿を淡白な視線で見守りながら、そう思った。



prev next
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -