「あっ、おかえりイリヤくん。話は聞いてるよ、大変だったねー」

凄まじい電流の騒音と、能天気な男の声の二重奏。
あまりに鼓膜と脳によろしくない実験室に踏み込んだ俺は、両手で両耳を塞がざるをえない状況となっていた。

「ただいまっす、レイノルズ先輩。何してんすか?」
「これ?以前開発した"電撃ティアラ"の最終調整だよ。ちょっと不具合があってね」

電流の音が止む。
電撃ティアラの名は、以前聞いた。罪人の逃亡防止や、ちょっとした拷問にも使用できるえげつない装飾具だと。
けれど、まるで今から使うかのような口ぶりだ。
不審に思って歩み寄り、レイノルズ先輩の手元を覗き込めば、ティアラの数は三つある。
三つ。

先日ハーメンツで捕縛された、かつての同行者たちの顔が思い浮かぶ。
…ああなるほど、実験体にされるのか。可哀想に。
しかし俺が気になるのは彼らの今後ではなく、ティアラの隣に置かれた、この…なんていえばいいんだろう。強いて云えば"処刑道具"に近いこの物体は、一体なんなのだろうか。

「ああ、それ?効力はティアラと同じだよ、ただ装着する場所が違うだけ」
「装着って…これ何処につけるんすか」

かなり重いそれの、三つあるうち一つを拾い上げる。かなり重い。
これが、見た目だけはシンプルな装飾品と呼べるティアラと同効果というのは若干理不尽な気もする。…少なくとも、装着によるストレスは段違いなはずだ。

己の先輩が持つありえない感性に慄いていると、背後の扉が遠慮がちにノックされる。
どうぞ、とレイノルズ先輩。即座に入出してきたのは、城の兵士だった。

「ヒューゴ総帥がお呼びです。お急ぎください」
「あっ、もうそんな時間?イリヤくん、悪いんだけどそれ全部箱に入れて持ってきて!場所は玄関ホールね!」

それ、とはティアラと謎の物体のことだろう。
耳を疑う命令に、思わず少しだけその場から退いてしまった。
「え?…で、でもティアラの最終調整が…」
「大丈夫だよ、一週間くらいなら誤作動しない!一週間くらいならね」
おい待て、一週間越えたらどうなるんだ。

先ほどの凄まじい電流の音を思い出す。
スタンと、ルーティと、マリーの笑顔を思い出す。
…脳内で謎の物体を装着した三人が黒こげになる。涙が出そうになった。



「あぁっ、イリヤ!」
箱を抱えて現れた俺を指差し、ルーティが吠える。
甲高い声は広い部屋じゅうに響き渡り、佇むリオンの横顔が引き攣るのが見えた。相変わらず沸点の低い少年である。

「ハーメンツではよくもやってくれたわね。一人だけさっさと逃げちゃって!」
「逃げるもなにも、戦えるわけないじゃん。クビになっちゃうぜ」

ごもっともな怒りを、けらけらと笑いながら受け流す。
歯噛みするルーティをマリーがなだめ、スタンが不貞腐れたような顔を向けてきた。

「…えっと、話終わった?僕、説明してもいい?」
きらきら輝く目配せを送ってきたレイノルズ先輩に、どうぞと頷く。
先ほどから無言で話の展開を見守っているヒューゴ総帥が恐ろしいことこの上ない。

調子良く利点だけを説明したレイノルズ先輩は、"罪人監視用"の言葉に顔を青くしている罪人たちへ小首を傾げる。

「可愛くてえげつないののと、ごつくてえげつないの、どっちがいい?」
「!おいお前ら悪いことは言わねえ、可愛いのにしろ!絶対だ!!」
「当たり前だ。可愛いのがいい」

血相変えて叫ぶ俺と、少女のような笑顔で応えるマリー。
レイノルズ先輩は尚も輝く笑顔で「オッケー、ティアラタイプだねー」と宣言しては、手際よくスタンたちの頭へと取り付けていく。
ふと、箱の中に残った"ごつくてえげつないの"に目を向けた。
…よかったな、三人とも。死刑執行されなくて。

「おい、それでどうやってこいつらを管理するんだ?」
「簡単さ。ちょっとこのボタン、押してみて」

リオンの疑問に最も分かりやすい形で答えたレイノルズ先輩。
渡された機械に並列する小さなスイッチを、リオンは無言で見つめ…そして、端のひとつを適当に押し込んだ。
途端に跳ね上がる、スタンの体躯。

「の〜ぎょ〜げ〜わーげー!!」
なんだそら。
ばったりと倒れ付したスタンを冷ややかに見下ろしながら、意味不明な絶叫に対してそう思う。

しかし冷ややかに見下ろせるのは他人だけだ。
同じものを頭に装着されたルーティは一層顔色を悪くしては、手近にいたリオンに掴みかかろうとする。
当然のように押し込まれる真ん中のボタン。ルーティの絶叫。倒れ付す二人目。
三人いるうちの二人が撃破されても、ティアラの可愛さに夢中になれるマリーは末恐ろしい。

「ね、効果覿面でしょう?これならリオンくん一人で足りますよ、一週間くらいならね」
「…?そうか。わかった」
一週間、という言葉に若干の不審を感じつつも、リオンが頷く。
その様子から彼らの旅は一週間以内に終わる見通しが立っていることを悟った。
行き先は知らないが、リオンのことだ。きっとすぐに戻ってくるだろう。

「じゃ、俺は城で待ってるから。四人とも、頑張ってな〜」

死人のような顔で引き摺られるルーティ、開き直ったスタン、ご機嫌なマリー。
そして少しだけ名残惜しそうな顔をしてくれたリオンに手を振り、再び箱を持って研究室へと戻る。

一週間、か。
何時戻ってきてもいいように、お菓子でも用意しておこうか。

そんなことを考えながら、重い箱を抱えなおす。えげつない装身具が、えげつない音をたてた。



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