「流石に雪道は歩きづらいな」
ぼやきながら、久々の積雪を踏みしめる。
背後でスタンが顔面から地面に突っ込んでいるが、まあ、普通に無視だ。

「その割には、イリヤくんは随分雪道に慣れているように見えるがね」
意外そうに微笑みながら、俺の独り言に応える新規同行者。
名前をウッドロウ・ケルヴィンという。


状況を説明しよう。
飛行竜から転落し、ファンダリアへ不時着した俺とスタン。
目だった怪我はなかったのだけれど、俺の白衣が燃えてしまった。大問題だ。
凍死寸前だった俺達を救ってくれたのが目の前にいるウッドロウで、彼の師匠であるアルバ・トーン、その孫娘のチェルシー・トーンに厄介になったのち、ダリルシェイドへ向かって移動中である。

スタンは元々ダリルシェイドに行きたかったらしいから、ものはついでというやつだ。
道に慣れたウッドロウが先導してくれるというのでありがたく肖り、男三人で雪道を膠着中である。絵面がひどい。どうせならチェルシーを連れてきてほしかったというものだ。

説明終了。


「昔、ちょっと住んでたんすよ。ファンダリア」
「!そうだったのか。どうりで」
その後も爽やかに話題を振り、振られ、応えてくれるウッドロウと和やかに進む。
背後で、スタンのズッコケ回数が二桁を記録した。
ちなみに最終記録は十七回だ。とんでもない数字だと思う。

よって第一の目的地である国境の街、ジェノスに到着した頃には、スタンは見事に全身ぐっちゃぐちゃのひどい有様だった。

「ウッドロウさん、お世話になりました!」

ぐっちゃぐっちゃの(以下略)で明朗に頭を下げるスタン。
常人ならば引き攣った顔で返してしまうだろう局面だが、ウッドロウの笑顔は解れない。彼は人格的にもとんでもない大物だと思われる。

「久々に賑やかな旅路で楽しかったよ。名残惜しいが、次会う時まで元気で」
「ああ。気をつけてな」

三人で手を振り合って、俺達とは真逆の方角へ消えていくウッドロウ。
俺は彼の背中を見送った後、なにやらディムロスと会話し始めているスタンに向き直った。

「おい、スタン」
俺にはディムロスの声は聞こえている。
けど、それは努力と研究の結果であって。俺が特別なのであって。
つまり、ソーディアンの声が聞こえない一般人にとって、公衆の面前で愛剣に話しかけている人間など不審者以外の何物でもないのだ。

「それ以上ここでディムロスと会話するようなら、俺は今すぐ他人のふりをするけど」
「えっ!?ち、ちょっと待てよイリヤ!」
すたすたと踵を返して歩き始めた俺と、慌ててディムロスを仕舞い、追ってくるスタン。
追いついたあとは俺の隣を歩いていたが、ちらちらと寄せられる視線がうざったい。

「何?」
「あー…いや、イリヤはディムロスの声、聞こえてたっぽいなって思って」
『…』
ディムロスに人間の体があったのなら、きっと無言で睨みつけているところだろう。
しかし、そう詰問されるほどの事柄なんだろうか。

「うん、超ばっちり聞こえてるけどそれがなに?」
「軽っ!」
『貴様!それならそうと早く言わんか!!』
目を剥くスタン、キレるディムロス。
歩く場所は変わらず公衆の面前なわけなのだが、まあスタンと二人で歩いているのだから問題ないだろう。たぶん。

「だってさー。ウッドロウと喋るのが楽しすぎてねー」
『我のことを忘れていたと?』
「ごめんごめん」
笑顔で肯定すると、スタンの腰に提げられた鞘込めの剣から殺気が立ち上った。
しかし相手は自力では動くことすら叶わない剣。恐れることなどデカくて怖い声くらいのものだ。

「でもさ、俺ソーディアンの声"聞こえるだけ"だから。素質はないんだよ」
『聞こえるだけ?…そんな人間がいるのか?』
「いちゃうんだよね、これが」
思わず得意げな笑みが漏れる。
後にスタンは"凶悪犯罪者の笑顔だった"と語るのだが、それはまた別の話。

「まあ四年くらいかかったんだけど、ソーディアンの意思疎通方法を分析して、脳波をあわせることに成功したんだよ。
 超危険でコツの難しい実験だったから、今は俺ひとりしか実像できてないけどね」
『それは…凄まじいな。ソーディアンの開発者に言えば、きっと嬉々として根掘り葉掘り聞いてきただろう』
「ていうかイリヤ、頭良かったんだな」

能天気で失礼すぎる発言に反論しようと顔を上げる。
その時、俺は完璧に前方への注意を怠っていた。
「!わっ」
正面から誰かとぶつかる。
どうやら相手は力なくふらふらと歩いていたようで、軽い衝撃だったにも関わらず尻もちをついてしまったらしい。

「す、すいません。大丈夫っすか」
目の前で座り込んでしまった赤い髪の女性に手を差し出す。
彼女は顔を上げて俺とスタンを視界に入れると、こちらこそすまない、と力なく微笑んだ。
そして俺の手を握り、立ち上がる。背の高い、スタイルの良い女性だった。

「…少し困りごとがあってな。考え事をしていたんだ。怪我はなかったか?」
「俺は大丈夫です」
困りごと。
半ば本能的に、それが面倒ごとと同義であると悟る。
ぶつかってしまったのは申し訳ないが、早々にこの場を去ってダリルシェイドへ向かおう、そう思った時。

「なにかあったんですか?俺にできることなら、力を貸しますよ!」

あまりに馬鹿でお人よしな、最悪の言葉が隣から聞こえた。

…二回目になるけど、ごめん、エミリオ。
やっぱりイリヤにーちゃん、帰れないかもしれない。

prev next
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -