『本当、イリヤはいい人ですね。坊ちゃん』
一日の勉学を終えてベッドに横たわると、シャルの弾んだ声が聞こえてきた。
意識が朦朧とするが、そうだな、と誰にも気遣わない声の大きさで応える。
「いい奴だよ。あいつも忙しいだろうに、交わした約束は絶対に破らない」
イリヤ・ラピス。
彼と出会ったのは二年ほど前のことだった。
ファンダリアからやってきた天才少年、確か当時の彼にはそんな渾名がついていた。
実際イリヤの才能は凄まじく、セインガルド研究院でも即戦力になれる程だったらしい。…のだが、如何せん彼は"家出少年"だったのだ。
身元をはっきりさせなければ、国の機関に就かせるわけにはいかない。
そこで、イリヤの身元受取人になったのが僕の父…ヒューゴ・ジルクリストだった。
若干奇妙な因果ではあるが、僕はイリヤに出会えたことを幸運だと思っている。
最初こそ馴れ馴れしくて鬱陶しい奴だと思っていたものの、今ではシャルに次いで親しい友人と呼んでも差し支えないくらいには、僕はあいつを信頼している。
『約束を破らない人って信頼できますよね。
ああ、いいなあ。僕もイリヤとちゃんと喋ってみたいものです』
「なら、僕が間に入ってやってもいいぞ。お前達は気が合いそうだ…」
イリヤはソーディアンの声が聞こえない。シャルのぼやきも当然だ。
そういえば、イリヤはどうやら"ソーディアンの声が聞こえるようになるための研究"をしていると風の噂で聞いたが、真偽はわからない。
嬉々として報告に来ないところからすると、とりあえず実像はできていないのだろう。
『本当ですか!ありがとうございます、坊ちゃん!』
「…ああ…」
瞼が、重い。
徐々に飽和していく意識と、襲い来る圧倒的な睡魔。
抗うことなく目を閉じ、僕はそのまま完全に意識を閉じた。
prev next