迎えた土曜日は、日差しがとんでもなく強かった。
試験の出来は聞かないでほしい。正直なところ、私もよく覚えていないのだ。
…最近、どうも忘れっぽくて困ってしまう。

「…一番乗り…かな?」
電車を乗り継いで辿りついた大型の公園。
指定されたバスケコートに辿りついたものの、知った顔はひとつもなかった。
日焼けを気にして被ってきた帽子を、深々と被りなおす。
紫外線対策に眼鏡もかけてきた。効果のほどはともかく、少なくとも気休めにはなっている…たぶん。

「え、あれ…もしかして、そめりん…?」
「!!」
立ち尽くしていた私の背後から、懐かしい声が聞こえた。
いや、声なら電話でいつも聞いていた。けど、こんな近くで…なんの隔てりもなく聞くのは、本当に久しぶりだ。
弾かれたように振り替える。そこには私同様深々と帽子を被った、私服姿の。

「桃ちゃんっ!!」
「そめりん!!」

再会を果たした恋人同士のように、飛びついて抱擁を交わす。
あ、私汗臭くないかな。大丈夫かな…でも嬉しすぎて離したくない。どうしたらいいんだろう。
頭の中がごちゃごちゃするが、両腕の力は微塵も弱まらなかった。つまりはそういうことなのだろう。

「えぇ、なんで?どうしているの?私、忙しいと思って誘わなかったのにっ…!」
「誠凛の監督さんに誘われたのー!試験明けだし、桃ちゃんに会えるって聞いたから!」
「リコさんグッジョブーっ!もう貧乳なんて言わない!かも!」

…桃ちゃんそんなこと言ったのか。酷すぎる。
どうりで相田さんが吐き捨てる"桃井"の言葉に悪意が篭っていると思った。

「…なぁ、桃井?その子が例の"そめりん"さん?」
「あっ、今吉さん。すみません忘れてました」
「忘ッ…!?」

桃ちゃんの背に回した手はそのままに、彼女がやってきた方角を見る。
大きな荷物を持った男ふたりが立っていた。今吉さん、と呼ばれた黒髪のほうは眼鏡をかけていて、その奥の目は随分と細い。閉じられているんだろうか。
隣に立つ栗色の髪をした彼は、私の視線にあからさまに萎縮している。おどおどと頼りなく目線を泳がせては、暑さとは別物であろう汗を滲ませていた。
…なんだろう。見てると、イライラする。

「あ、はい!すいません!ムカつきますよね、すいません!」
「…私、声出てた?」
「うん?出てなかったと思うけど。でも桜井くんのアレは癖みたいなものだし、気にしなくていいよ」

微笑む桃ちゃんに頷いて、体を離す。いい加減暑くなってきたからだった。
そして傍から私達を生ぬるい目で見守っていた二人に向き直り、初めましてと軽く会釈する。

「染宮です。桃ちゃんに手出したら酷い目に遭わせますが宜しくお願いします」
「随分な挨拶やなぁ。…けど、まあ聞いてた通りでもあるなぁ」

苦笑した今吉さんが、けどまあ宜しく、と便宜上の挨拶をしてきた。
拒否するはずもなく、素直にこちらこそと返したけれども、差し出された右手はいただけない。
握手…かな。今時挨拶に握手を求める人なんているんだ。びっくりだ。

「えっと……はい。どうもです…」
「おう」

不承不承ながらも、私を右手を差し出す。一回りもニ回りも大きな手に握られて、本能的に不快感を感じた。
唇を軽く噛みつつ、今吉さんの顔色を窺った。糸目のせいか表情は分かりづらい…けど、どうも笑っているような気が、する。

「…今吉さん。そめりんいじめたら、私も黙ってないですよ」
「いじめとらんよ?挨拶しとっただけや」

珍しく怒った様子の桃ちゃんが、今吉さんを引っぺがしてなにやら話している。
一人残された私は複雑な気分でそれを見守っていたが、ちょんちょんと肩を突付かれたので目をそらす。
「あんまり気にしないほうがいいですよ」
目尻を下げた桜井さんが、今吉さんをしきりに気にした潜め声をかけてきた。

「あの人、性格悪くって。染宮さんが男苦手だって知ってて、ああいうことしたんです」
「…情報源は、青峰さん?」
「あ、ハイ。そうです、けど…あ、すいません!青峰さんには言わないでください!」

桜井さんは桐皇でどれほどの苦労をしているのだろうか。
怯えながら泣訴する彼を見て生ぬるい気分になりつつ、大丈夫だよ黙ってるからと答えておく。あからさまにホッとする桜井さん。とても可哀想だ。

「けどまあ、別に苦手ってわけでもないよ。あの人は人間として駄目そうだけど」
「そうなんですか?ふふ、でもちょっと分かりま…」
「さーくーらーい?ちょぉ、こっち来いや」
「ひいいっ!す、スイマセンッ!」

桜井さんが、ずるずると今吉さんに引き摺られていく。
木陰に消えていった彼らを桃ちゃんと共に見送り、そして"何も見なかったことにしよう"という結論に達した。

「ていうか、桃ちゃん。青峰さんは?来ないの?」
「それがねー、いくら電話しても繋がらないのよね。来るとは言ってたんだけど…」

怒り半分呆れ半分といった様子の彼女は、ちょっと御免と断りを入れて電話をかけ始めた。
どうやら繋がらないらしく、桃ちゃんの表情は変わらない。
…青峰さんのことだし、多分寝てるんじゃないだろうか。

かすかに聞こえる桜井さんの悲鳴をBGMに、桃ちゃんと談笑して過ごす。
集合時間の10分前。背後から、砂利を踏む音が聞こえた。

「あ、桃っちに理音っちじゃないスか。久しぶりっスねー」

「!きーちゃん」
二人で振り返ると、片手を上げながら近づいてくる黄瀬くんの姿があった。
隣にいるのは、えっと海常の…カサマツさん?だっけ。そんな名前だったような気がする。

「そうそう、笠松先輩。日々しごかれまくってて超大変なんスよ」
「ってめ、黄瀬!余計なこと言ってんじゃねえっ!」
「痛だだだっ!す、スンマセン!」

今日一日で、涙交じりの謝罪を何回聞いたのだろうか。
げしげしと足蹴にされる黄瀬くんを指差して笑いながら、ふとそんなことを考えた。

その五分後に、テツヤくんと火神さんが到着した。
公園の入り口が混んでいたらしく、テツヤくんは火神さんを置いてすたすたと歩いてきたらしい。火神さんがマジギレしていた。ざまぁ。
テツヤくんの連れていた犬がとても可愛くて感動したが、テツヤ2号というネーミングには愕然とした。もう小さい黒子テツヤにしか見えない。

その更に三分後…集合時刻ぴったりに、相田・日向・伊月の誠凛三人衆が到着。
木吉さんは遅刻で、青峰さん同様連絡がつかないとのことだ。寝てるんじゃないだろうか。そんな気がする。

そして、集合時刻から10分遅れて高尾さんと緑間さんが自転車+リアカーのアレで到着。
サングラスをかけ、等身大のペンギン人形をはべらせた緑間さんはリアカーの荷台で悠々としていたが、漕いでいた高尾さんは既に瀕死である。
到着するや否やがっくりと項垂れた彼は、既に屍にも等しい。へんじがない、ただのしかばねのようだ。そんな感じ。

最後。
木吉さんと青峰さんは、何故か二人揃ってやってきた。到着時間からは30分が経過している。
桃ちゃんと日向さんが烈火のごとくキレていたが、当の二人はどこ吹く風。最悪だ。

「…うん。でもまぁ、やっと揃ったわね」

相田さんが仁王立ちで私たちを見渡す。
挑戦的に微笑む彼女の手には四色のクジ。どうやらそれでチームを分けるようだ。

「じゃあ、始めるわよ!!」

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