結局、私がリビングに戻れた時には映画は既に終盤だった。

前半なかなか活躍していたおっさんはもういない。殺されたらしい。
中盤にデレてくれた美人さんももういない。殺されたらしい。
元気に跳ね回っていた子供たちもいない。以下略。

「そして帰宅したお母さんに私も殺されるのね…ふふ。うふふふふ」
「おい、染宮が壊れたのだよ」
「叩けば治るんじゃないのー?」

私の親類の服を着た紫原さんが、私の頭をばしばしと叩く。尋常じゃないレベルで痛い。
…あのなあ、そのでかい服探すのに私がどれだけ頑張ったと思ってるんだ。

洗濯機を起動させたのは、ついさっき。
最後の青峰さんが風呂場に消えて…五分くらい、だろうか。
乾燥機も動かさなくちゃいけないし、彼らが帰れるまでは随分時間がかかりそうだ。
…染宮母が帰ってくるほうが、確実に早い。

「つーかそんなに怖いんスか?染宮っちのお母さん」
「理音さんのお母さんだ、としか言いようがありません」
「……充分すぎる説明だ」
珍しく赤司さんが表情を曇らせた。普通に失礼だが、納得してもらえたならいい。

どう言い訳をしたものかと泣きそうになりながら考えていた時、部屋の外からどすどすと重たい足音が聞こえた。青峰さんだろう。風呂早いな。

「なー、染宮。お前の母ちゃんから留守電入ってたぞ」
「ハァ!?」
「明日の夕方まで帰れねーってよ。お前も大変だな」

ま…マジ、でか。
一瞬にして固まった私の肩に、ぽんと手が置かれた。赤司さんだろう、多分。
錆びた人形のようにゆっくりと振り返れば、手から一本突き出た人差し指が頬に突き刺さった。痛…くはないか。
「…赤司さん、結構くだらないこともするんだね」
「今は機嫌がいい」
ああはい、そうですか。それは何よりだ。

しかし、参ってしまった。
鬼…じゃない母が帰ってこないのは僥倖だが、そうとなるとこいつらを叩き出すうまい口実がなくなってしまった。
緑間さんはともかく、他の面々は居座りそうだしな…どうしたものか。

苦々しい気分で思案する私だが、押しかけた奴らは実にフリーダムである。
残り時間の少ない映画をきゃーきゃー言いながら鑑賞する桃ちゃんと、彼女に絞め殺されそうなテツヤくんは全然いい。むしろ二人とも泊まっていって欲しい。
それに比べて他の奴らは、なんなんだ。

「あ、青峰っち。人生ゲームあるっスよ、人生ゲーム」
「おー懐かしいな」

勝手に漁るな。お前それ衣装箪笥とかだったらどうする気だったんだ。

「そめちんの家、お菓子少ないねー。つまんない」
「それどころか食い物自体が少なすぎるのだよ」

緑間さんまで一体どうしたんだ。
そして冷蔵庫の奥にあるプリンは私の秘蔵っ子だから、是非とも見つけないで頂きたい。
…とまぁ、色々と気になることはあるのだけれども、私が一番ツッコみたいのは黄瀬でも青峰でも紫原でも緑間でも、テツヤくんを殺してしまった桃ちゃんでもない。

「はのー、いひゃいんれすけど」
「…ものすごく伸びるな。何が入っているんだ」

血管神経その他諸々だ、赤司さん。そろそろ頬が千切れそうなので、しみじみ観察するのはやめてほし…痛い!すげー痛い!
危険を感じて左手を払ったが、赤司さんにぶつかることは無かった。ひらりと身をかわした彼は難なく元の位置に戻り、緑間さんからグラスに入ったアイスティーを受け取っている。…もうツッコむのが面倒臭い。

「…しょうがないな。雨がやむまでだからね」

わーい、と喜ぶ黄瀬さんが人生ゲームの設置を進めていく。
「時間潰せるし、みんなでやりましょーよ」だそうだ。異議なし。ちょうどホラー映画のほうも終わり、意識の戻ったテツヤくんともども桃ちゃんが合流してくれた。
ひとり一人に配られる、車型の駒。

「銀行誰するー?赤司くん?」
「テキトーでいんじゃね。面倒くせーし」
「じゃあオレやるから、峰ちん無一文で発車してねー」
「手緩いな。赤紙所持で開始しろ」
「そもそも紫原に任せられないのだよ」
「…それはどうでもいいですけど、順番はどうしますか?」
「ルーレット…は面倒臭いっスね。人数かなりいるし」
「うん、無難にじゃんけんで行こう。勝者から時計周り、異議は認めません」

だらだらと準備を進め、せーのでじゃんけん。
勝者は緑間さんだった。前から思っていたが、この人どうしてこんなにじゃんけん強いんだろう。

中略。

赤司さんが大富豪状態でゴールしてから、全員が終了するまで一時間かかった。
総時間は三時間に及んだため、外は見事に真っ暗で、雨は未だに親の仇のように降り続いていた。
既に乾燥機の仕事も終わっているので、各々自分の服に着替えている…んだけど、全員腰が重たいようだ。ゲームが終わってからも黒い窓を見つめたまま、一言も発声しようとしない。
「あの」
重い沈黙を破ったのはテツヤくんだった。
桃ちゃん同様涼しい顔の彼は軽く片手を上げて、ちかちかと光る携帯電話を掲げてみせる。

「ボク親帰ってきたので。そろそろ、」
「帰らないで」
「……だけど、そういう話でお邪魔してたので」
「邪魔じゃない。帰らないで」
「…」
「帰るな」
一度腰を上げていたテツヤくんが不承不承といった様子で着席し、かちかちと携帯をいじる。どうやら帰りが遅れる宗を連絡しているらしい。
普段ならば申し訳なく思うけれど、今はそれどころじゃない。常識の通じない人間が多数存在するこの状況で、味方が減るというのはあまりにも痛いからだ。

「ねー、そめちん。オレお腹すいたんだけどー」
「さっきまで散々お菓子食べてたじゃん」
「まいう棒とプリンだけじゃ足りねーしー」

その言葉を受けると同時に、冷蔵庫へ向けてダッシュする。
…秘蔵っ子は既に臨終した後だった。スプーンの突き刺さった空のカップが、キッチンの片隅にぽつんと放置されている。
紫原この野郎ぜってー許さねえ。

「そめちーん」

背後に立っていた紫原さんが、冷蔵庫を前に愕然とする私にのしかかる。重い。

「お腹すいた」
「キャベツが冷えてます」
「せめてロールキャベツにして」
「…」
「そめちんの料理、おいしいからオレ好きなんだけどなー」

あっさり籠絡した自分の単純さに嫌気がさす。
あーあ、絶対チョロいと思われてんだろうなぁ!分かってるよ!向こうで『誰が行けば効果的か』って会議が開かれてたのも知ってるよ。
…知ってるけど、それでも。

「そめりん、ありがと。私も手伝うから、頑張ろう」
「やめてー!桃っちはやめて!まだオレのほうがマ、ぶげっ!」
「さつき、キャベツ投げんなよ勿体ねーだろ」
「緑間。投げ返せ」
「…キャベツをか?構わないが」
「!天井にキャベツがっ…!?」
「緑間くん、スリーと同じ要領で投げるとか、本当…おかしいと思います」

それでも、家を壊されるよりは、全然マシだ。

「いいからお前ら、全員正座で待ってろぉおッ!!」


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ネタ提供:暴風続編/キセキとぐだぐだ遊ぶ
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