もうすぐ期末試験だ。
緊急の生徒会選挙やらなんやらで慌だたしいあの学校で、予定通り考査が行われるのかはさておき、都内でも有数の名門校たる水槽学園。勉強には一分の油断もままならない。
よって私は帰宅するなり自室に篭ってペンを走らせていたのだけれども、その集中は思わぬ来客によってぶった切られたのだった。

「お引取りくださ……っ!」
「お引き取らないわよ。入、れ、て?」

来客の顔を見るなり玄関の扉を閉めた私。
しかしそれは扉と壁の間に素早く差し込まれた相田さんの足によって阻まれた…って、これ前にもあったなあ。あの時は赤司くんだったっけ。懐かしい。

相田さんが止めた扉を、日向さんが力づくで引っ張って開けようとする。
私のほうも必死で応戦するが、結局は『扉が壊れるかも』という恐怖に屈してしまった。
にこにこ顔の相田さん、ちょっとだけ申し訳なさそうな日向さん、そして知らないでかい人の三人と向き合う。

「あの…何の用ですかね。私試験勉強があるんですけど…」
「ああ、勉強してるだろうとは聞いてた」
「誰に」
「黒子に」

ちなみに理音ちゃんの自宅を教えてくれたのも彼よ、と相田さんは言う。テツヤくんめ。余計なことを。

「それでね、理音ちゃん。折り入ってお願いがあるんだけどっ」
「お断りします」
「うん、ありがと!それでね、お願いっていうのは」

話が繋がってねえ!
怖いくらいに明るく笑う彼女は、ぐいぐいと身を乗り出してきては、私の両手を掴んで胸の前へ掲げた。上目遣いがとんでもなくあざとい。

「なあカントク。染宮が涙目なんだけど」
「もっと優しくしてやれよ、リコ。この子一年生なんだろ?」

見かねて、というよりは相田さんの剣幕に引いたらしい二人が助け舟を出してくれた。
その小さな優しさが身に沁みるようだが、最後に扉を開けたのは日向さんだ。彼が仇敵であるのに変わりはない。

「…そうね、まあいいわ。それでお願いっていうか、頼みがあるんだけど」
「重みが増したなあ」
「理音ちゃん。あなた、中学時代の"キセキの世代"の映像記録持ってない?」

は?
態度が一変して落ち着いた相田さんの、真剣な目に面食らってしまった。
キセキの世代の映像記録。
そりゃあ持ってることには持ってるけれども、果たして中学時代の記録が役に立つんだろうか。
…と、素直にその宗を尋ねれば、日向さんが「お前がオレらに渡すこと自体が目的らしい。よくわからんけど」と答えてくれた。私もよくわからんです。

「…まあ、いいですよ。でもちょっと探すんで、上がって待っててください」
「悪いな」
「お邪魔しまーす」

腑に落ちない気分ではあったものの、必要だというのなら仕方ない。
相田さんと日向さんを奥へ通す。途中に菓子折りを渡され、抜け目のなさに感嘆してしまった。
…で。

「貴方は初対面ですよね。どうもこんにちは、染宮です」
「これはご丁寧に。こんにちは、木吉鉄平です」

この慇懃な口調が私に合わせてなのか素なのかは分からないが、木吉さんという彼は丁寧に頭を下げてきた。
顔を見上げるのは億劫なので、是非とも常時下げていてほしい。頭。

「…うん、でもまあ…初対面じゃあ、ないんだけどな」
「え?」
頭を上げた木吉さんが複雑そうな顔で微笑む。
初対面じゃない。その言葉を受けた私は、思わずその顔をまじまじと見上げてしまった。
…そうだな。言われてみれば、見覚えがあるような。

「もしかして二年か三年くらい前に、帝光と対戦したことありますかね」
「あ、覚えてる?」
「ぼんやり」

本当にぼんやり。木吉鉄平。そういえばその名前にも聞き覚えがあった。
…そして私の記憶が確かならば、紫原さんに"ひねり潰された"人だ。

「その節は、どうもご迷惑おかけしました」
「え、あ、うん。ありがとう」
「…えっと、お礼言っちゃうんですか?」
「ん?言わないほうがよかったか?」
「えっ」
「えっ?」

「……おいそこの、頭痛えからさっさとこっち来てくれねえかな」

玄関先でかみ合わない会話をしていた私達に、引き攣った笑みを浮かべる日向さんの声が投げられる。
しまった。完璧に忘れていた。
慌てて木吉さんを相田さん、日向さんと同じ居間に放り込んで、自室にDVD捜索のために駆け戻った。

居間に到着する数分の間に、在りし日の"キセキの世代"のように部屋を引っ掻き回されるかと恐々していたのだけれど、そこはまあ、高校生の先輩である。
粗茶を啜りながらまったりと待っていてくれた。有難いことこの上な…いや、あるな。上。

「はいこれ、どうぞ。
 大きい試合のは赤司くんに渡しちゃいましたけど、だいたいは揃ってます」
適当な紙袋に詰めた大量のDVDを、相田さんに手渡す。
ありがとうと明るい笑顔で礼を言われてしまった。とても可愛い。胸が温かくなるこの感覚は随分と久しぶりで、場にそぐわず嬉しくなってしまう。

「あ、それでね。理音ちゃん、期末試験っていつから?」
「?来週の月曜から木曜までですけど」

日向さんのグラスに冷たい緑茶を注ぎながら、相田さんの質問に答える。
…と、彼女は実に楽しげににたりと微笑んだ。
そのままの表情で、日向さんと木吉さんに視線を走らせる。静かに頷く男ふたり。嫌な予感がする。

「じゃあ、さ。試験が終わった後の土曜日、この場所に来てくれないかな」

木吉さんが小さなメモのようなものを差し出してきた。
明らかに変質した場の空気に怯えつつ、受け取る。そこには都内のとある公園の住所と、集合の時間、持ち物、私の名前が記されていた。
…端っこのほうは、かすれていてよく読めない。
しかし問題は読めない箇所ではなくて、赤字ででかでかと記された持ち物のほうだ。

「檸檬の蜂蜜漬けって…なんでコレが私の持ち物なんですか」
「水戸部が欠席だからな。他の奴らじゃ作れねーんだ」

腕を組む日向さんに「相田さんは作れないんですか」と尋ねたら、苦虫を噛み潰したかのような顔をされた。
…ま、まさか桃ちゃんレベルじゃあるまいな。切らずに漬けたんじゃあるまいな!

閑話休題。
彼らの意図はともかく、場所や時間からして普通にバスケの練習をするのだろう。
何故学校の体育館を使わないのかはともかく…まぁ、試験の後なら断る理由もない。暇だし。友達遊んでくれないし。

「いいですよ。行きます」
そういった考えで快諾した私に、目の前の男ふたりが息をついた。どうやら随分と安心した様子だけれども、何故他校生で交流も薄い私の参加にそこまで安堵するのだろうか。
…その疑問は、後に相田さんの料理スキルを知った瞬間に解消されることとなったのだが、それは別の話である。

そして胸をなでおろした彼らのほかに、相田さんがどういった反応をしたかと言えば。

「よかった!これで黄瀬、緑間の扱いが楽になるわね!」

……………え?

「チームシャッフルだなんてどうなるかって心配してたけど。
 間に入っていじられ…もとい仲介してくれる理音ちゃんがいれば楽になるわ」
「黒子もそのへんは期待できねーしなあ」
「あ、お茶おかわりいいかな」

ちょ、ちょ、ちょっ……ちょっと、待て。待て!
お茶のポットを持つ手が震える。
信じがたい言葉に頭の中が真っ白になって、思考どころか先刻叩き込んだ公式やら偉人の名前まで飛んでいってしまった。

「ち、チームシャッフルってなに…黄瀬に、緑間?えっ?」
「あれ、言ってなかったっけ。暇ある奴らみんなでストバスやろうって話になってんだよ」

まあ遊び半分ではあるけどな、とは日向さんの弁。
愕然としつつ聞いた参加者たちの名は凄まじいものだった。正直、遠慮したい。超行きたくない。だけど。

「…染宮。どうしても嫌なら、別に…」
「行きます」

即答した私に、木吉さんが気遣うような目のまま首をかしげた。
本当にいいのかと再び尋ねてくる。愚問だ。

「桃ちゃんがいるなら、絶対行きます!進学してから一度も会ってないんですっ!もう電話だけじゃ我慢できなくて、会いたくて会いたくて会いたくて毎日震えてるんですよ!むしろありがとうございます全力で行きます、全力でレモン漬けます!桃ちゃんの顔を生で見れるのなら、触れるなら嗅げるならどんな困難だって乗り越えます試験なんかクソ食らえですよ楽勝です!」

「ごめん、日本語で喋ってくれるかな」

染宮理音。深刻な桃井さつき不足に、じつは餓死寸前でありました。


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アニメ(2クール目)EDネタ。続きます。
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