電話越しに聴く声は、なんだか懐かしい。

「懐かしさのあまり泣きそうなんだけどどうしよう紫原さん」
『別に泣いてもいーけど、電話切ってからにしてね』

相変わらず変なところで辛辣な人だ。
別の意味で泣きそうになりながら乾いた笑いを発し、携帯電話を耳に改めて押し当てる。
…耳から多少離していた時には聞こえなかった、ざくざくと何かを食う音がダイレクトに聞こえてきた。
通話中くらいさぁ、やめようよ。食べるの。

「まあ冗談はこれくらいにして。何の用?電話なんて珍しいね」
『あー、うん。なんとなく?』

予想通りの反応だったので、へえそっかぁと適当な返事をする。

だけど、本当に紫原さんの電話は珍しい。
ものぐさな彼である、直接会話するのも面倒臭そうなのに電話だなんてもっと面倒臭いだろう。
高校に入ってから、紫原さんの声を聴くのは初めてかもしれない。

『うん。メールはよくするけどねー』
「返事すっげー遅いけどね」
『だって面倒くさいし…そめちんが早すぎんじゃない?高校で友達いないの?』
「うぐっ…!」

はっきり言うなぁ、相変わらず!

『アラ?あたり?』
「………」
彼としては冗談だったようで、返事をしない私に少なからず驚いているようだった。
ええ、そうですよ。友達ね、いないとは言わないがいるとも言えない。
入学直後にできた友人は軒並み不登校オア自主退学。学校に残っている子も、どうもよそよそしくて気軽に喋れる関係じゃない。
…そんな私の高校生活は、真っ暗なのである。

『ふーん。そめちんも大変だねー』
「他人事だな…別にいいけどさ」

よりにもよって紫原さんに親身になられても気持ち悪いしね。
…それに、そうやって軽く流してくれるからこそ相談できるっていうのもある。
桃ちゃんたちは絶対心配しまくるし、緑間さんは…どうだろう。とにかく、紫原さんと同じ反応はしない気がする。なんとなく。

『あんなに勉強頑張ってたのに、進学したらそれかぁ。かわいそー』
「ねえ、傷口に塩塗るのやめてくれない」
『塗るなら塩より砂糖がいいんだけど』
「どっちみち痛い」

そもそも私の傷口に砂糖塗ってどうするつもりなんだ。

『無駄になる頑張りなら、しないで陽泉くればよかっ―…あぁ、室ちん?だめだよ今電話中』
「?」

むろちん?…とは、やっぱり紫原さんの友人か何かだろうか。
向こう側で何が起こっているのか、そもそも紫原さんがどこから私に電話をかけてきたのかなどさっぱり分からないが。
とにかく彼は今、携帯電話を顔から離してしまっているらしい。
紫原さんと誰か(たぶん男)が会話するのが、途切れ途切れに聞こえる。

…どうやら向こうは練習中だったらしい。紫原さん不真面目すぎるだろう。
これは通話相手である私が気を遣って電話を切るべきなのではと考えた時、ふいに『もしもし』という声が聞こえてきた。紫原さんの気だるげな声では、決して無い。

「あぁ、室ちんさんですか?」
『…その呼び方はやめてほしいな。染宮理音さん』

氷室辰也と名乗ったこの人は、どうやら私のことをご存知らしい。
聞けば、紫原さんが中学の話をする際に結構話題にあがるのだそうだ。勘弁してほしい。
知らない人に情報を握られているだなんて、高尾さんだけでこりごりだ。

『ごめんね。アツシの奴、練習サボってたもんだから監督が怒っちゃって』
「そんなことだろうと思ってました」

年上らしいので、一応敬語を使う。
それになんの違和感も疑問も抱かなかったらしい氷室さんは非常に会話のしやすい人間…だと思っていた。この瞬間までは。

『そうだ。アツシに関東限定のお菓子送ってくれてるのって理音さんでしょ』
「…そうですけど、できれば染宮さんでお願いします」
『いつもありがとう。理音さん』

しつこい。微妙にしつこい。爽やかにしつこい。

『今日の電話も、たまにはお礼しなってことだったんだけど。言われなかった?』
「言われなかったですね」
『やっぱり』
可笑しそうに言う氷室さんの声と、遠くから投げられるような女性の声が重なる。
氷室さんの反応からして、彼女が監督らしい。陽泉の監督も女の人なのか。最近多いのだろうか。

『じゃあ名残惜しいけど、俺も失礼するよ』
「はーい!さようなら、氷室さん!」
できれば迅速に切ってほしい。ただの勘だけれど、この人は私と相性が悪い。
…深く関わったら、いろいろなものを失う気がする。

なぜか疲れたので、肩を落としつつそんなことを考える。
すると。電話を切る直前に、顔も知らない氷室さんは実に楽しげにこう言い残した。

『次は、俺の電話からかけるからね。おやすみ』

ぶつん、という音と同時に、全ての音が遮断される。
半ば呆然としつつ携帯の画面を覗き込んだ。通話時間は五分にも満たない、けど。
「…………つかれた…」
だから、こういう押しの強い人は高尾さんだけで充分なんだってば。


余談だけれども。
その日の夜から、紫原さんのメールの返信が随分と早くなったことを、報告しておこうと思う。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -