あの人は本格的に化物だ。

「だってそうでしょ!ありえないよ、500点中499点て!馬鹿か!いっそ馬鹿か!?」
「ボクからしたら500点中490点の理音さんだって化物です」

気が狂うほど勉強したのに。
実力テストの結果発表から土日を挟んだ今日。
珍しく日曜日の部活を休んだ私を心配してくれたらしいテツヤくんが家の外にいた時は、そりゃあもう驚いた。
驚きのあまり包丁握ったまま外でちゃったよ。うっかりうっかり。

「むしろ何を間違ったのか聞きたいくらいなんですけど」
「数学の…マイナスを付け忘れた」
「…」
「あと漢字。線がひとつ少なかった」
「……」

テツヤくんが黙った。当然だろう。私だって黙るしかなかった。
黙るか笑うしかない凡ミスだ。いっそ笑ってほしい、高笑いしてやってほしい。
…ああ、死にかけるほど勉強したのに。

「…そんなに嫌だったんですか?赤司くんにお弁当作るの」
「ううん。そっちは別にいい」
私が惜しかったのは勝利報酬のほうだ。
合宿の時はそれこそ目が回るような忙しさで、桃ちゃんの写真を撮る暇すらなかったから……どうしよう、涙出てきた。

「まあ、私ごときが赤司さんに勝とうなんて千年早いってことだね。
 だけど緑間さんには勝ったから、緑間さんをいじって溜飲を下げることにする」
「最低ですね」

最近、テツヤくんが辛辣だ。いったいどうしたらいいんだろう。

時は流れて昼休み。
授業が終わってすぐに赤司さんの教室へ特攻すると、教室に残っていた面々がまじまじと私を凝視していた。

気にせずに内部へ入り、荷物を赤司さんの目の前に置く。
「赤司さん」
「染宮か。早かったな、………」
教科書やノートを机で整え、鞄に仕舞った赤司さんが顔を上げる。
…顔を上げて、少しだけ動きを止めた。

「どうかな?我ながらあまりの頑張りっぷりにドン引きしてるんだけど」
「ああ。俺も引いている」

重箱だ。
私が太陽よりも早く起床し、鋭利作成した最高傑作が、これ。
四段の重箱に詰めたものは90%が和食で、合宿やらなんやらで察した赤司さんの好みを全部ぶち込んだ。
これで文句は言えまい、と私は胸を張る。
赤司さんは感情の読みづらい目でそれを見上げると、小さく溜息をついた。

「弁当を適量にしないのはどうかと思うが」
「?そのへんはみんなで分けようよ。流石に無理っしょ、一人じゃ」

私のぶんは別にあるし。
と続けつつ、赤司さんの前席の椅子を拝借する。
改めて正面に向き合った赤司さんは、どうも信じがたいものを見る目で私を見た。

「どうして分けるんだ?お前に勝ったのは俺だけだろう」
「…は?」
「それに、この量を一人で食わそうとは気が触れているとしか思えない。手伝え」

これは…『二人で食べよう』ってことでいいのかな。翻訳すると。
構わないというか、感想を聞きたいのもあって最初から同席はするつもりだったんだけど…少しだけ意外で驚いている。
弁当渡した途端に追い払われるかと思っていた。

赤司さんが重箱の蓋を開け、無言で中身を見つめる。
次々重箱が開かれ、並べられていく様を、私は固唾を飲んで見守った。

赤司さんは、箸の持ち方が美しい。
バスケの時もさることながら、挙動に一部の隙も無駄もない。
煮物の蓮根が口内に入れられ、ゆっくりと咀嚼される様を凝視していると、赤司さんが鬱陶しそうに私を見た。当然だよね。ごめんなさい。

「どうかな?」
「…いいんじゃないか。好みの味付けだ」

よっしゃ!
表には『当然よ』とでも言いたげな顔を通しているが、裏では全くもって正反対。
もう安心と歓喜で狂いそうだ。安心9、歓喜1の割合で狂いそうだ。

蓮根を嚥下したらしい赤司さんは、続々と別のものにも箸をつけていく。
私は自分の弁当箱はそのままに、箸だけを抜き取って目の前の重箱へと手を伸ばした。
こっちの…は自信作だから、赤司さんに食べてもらおう。

「これが好みってことは、赤司さんは薄い味が好きなんだね」
「そうかもしれないな」
「…あ、そっちのやつは京料理を参考にして作ってみたんだけど、……」

今まで敬遠しがちだった赤司さんと会話と食事を続けていたのだけど、ふと思考が止まった。
…京料理。京都。
おかしいな、料理してる時は気にならなかったのに。

「あーっと…赤司さんて、高校は京都行くんでしょ?」
「!…紫原か」
心なしか鋭くなった目つきで尋ねられたので、素直に頷いておく。
余計なことをと低い声で聞こえたのは聞かなかったことにしておこう。聞かなかった…けど、ごめん!なんかごめん、紫原さん!

「俺が京都に行くからなんなんだ?お前は水槽学園に行くんだろう」
「…受かるかわからないけどね」
「受かるさ」
断言された。凄まじい自信と貫禄だ。

「…根拠はないが」
「ないのかよ」
静かにツッコミを入れつつ、息をついた。
胸の中に蟠っていた小さな不安やらが晴れていくのを感じたからだ。
…うん。根拠が無かろうがどうでもいいや。

「赤司さんが言ってくれただけでなんとかなる気がするよ。ありがとう」
「お前は安上がりでいいな、本当に」

ちょっといい気分になったのにそれかい。

「ただ、ちょっと寂しいなって思っただけ。秋田も遠いけど、京都も遠いしね」
「…染宮にそう言われるとは思わなかった」
「そうだろうね」
「正直鳥肌がたった」

この野郎!
箸を握る指先に力がこもるが、赤司さんはどこ吹く風な様子で黙々と食事を続けている。
この人はいったい何者なんだろうか…って、ああ。そうだった、冒頭で言ったじゃないか。

それに、と赤司さんは言葉を切る。

「俺は、お前との関わりを絶つつもりは、毛頭ないぞ」

大真面目な顔で宣言する赤司さんは、そりゃあもう化物のごとくサマになっていた。
あまりの迫力に圧倒されつつ、私は笑う。
そして無駄にかっこいいやら、なんだか微笑ましいやらで赤司さんに対して笑いながら、笑えない冗談を言ってみる。

「私、もう赤司さんについて行っちゃおうかな」

それは流石に願い下げだな、と小さな呟きが聞こえた。放っておいてほしい。


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ネタ提供:パセリ後日談

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