屋上の風が心地いい。

「そういえばさー、そめちんはどこ行くの?高校」
私のよりも三倍ほどでかい弁当箱をつつきながら(文字通り。握り箸だ)、紫原さんが首を傾げる。

高校ねぇ。
弁当箱の中に箸を突っ込んでから揚げを取り出す。すかさず傍から紫原さんが飛んできたが、難なく回避。その行動は読めていた。
「第一志望は水槽学園。次に秀徳で…そんな感じかな」
「秀徳ってミドチン推薦とったとこじゃん」
「家が近いんだよね」
紫原さんの猛攻を逃れ、から揚げを口内へ放り込む。
普通に美味しい。なんだかマネージャーやり始めてから、料理が劇的に上手くなった気がするぞ…

「そういう紫原さんは?推薦とったの?」
「とったよー。陽泉」
「ようせん?」

聞いたことないぞと首を傾げると、紫原さんは当然だよねー、と答える。
…彼の箸に、私の玉子焼きが突き刺さっているように見えるのは幻覚だろうか。…否!

「秋田」
「…は?」
「だから、秋田。オレが行くとこ」
脳裏によぎる日本地図。秋田って。遠いとかいう次元じゃない。

「でも、まぁ…スポ薦なんてそんなものか」
「そんなもんでしょ。赤ちんなんか京都らしーよ、京都」
「京都!」
さらりと投下された爆弾発言に驚愕する。
赤司さんが京都。
…だけど驚きはしたものの、紫原さんほどではない。なんとなく、赤司さんは宇宙の何処に行っても達者でやりそうな気がするからだと思われる。

「じゃあ紫原さん、一人暮らし?」
「まだ決めてないけど、多分そーなるかな。めんどくさ」
「…」

大丈夫なのか、この人。
全力で欠伸しながら、握り箸で弁当を食べる中学三年生。
この人があと一年…いや、半年?もしたら、秋田なんて遠い場所で一人暮らし。
…不安だ。

「紫原さん、私のおかず持ってっていいよ…」
「?うんわかった」
唐突な親切に驚きつつ、紫原さんが箸をつきたてる。
おにぎりに。
……もぐもぐと一瞬で消えうせた、私の主食。

「おかずって!おかずって言ったじゃん!!」
「え?おかずでしょ」
「主食!!」
「オレの主食はお菓子なのになー」

…私は違う!
気だるげながらも真面目に放たれた発言に戦慄しつつ、胸のうちで不安が広がったのを感じた。
駄目だ。紫原さんが一人暮らしなんて、絶対に無理だ。

そう思って途方に暮れた瞬間、すぐ傍にあった扉が開け放たれた。

風が気持ちいい、だのちょっと寒い、だの各々の感想を述べながらこちらへ歩み寄ってきたカラフルな一同。
座り込んで食事中の私と紫原さんを見下ろした彼らは、食うの早ぇ、と苦笑した。

「つーか紫原っちと染宮っちって妙な組み合わせっスね」
「待ち合わせてたんですか?」
「「いや、偶然」」
事実である。
そこにいる緑間あんちきしょーに呼ばれて屋上に行ったら紫原さんがいただけのこと。
つまり私が待ち合わせたのは緑間さんだけであり、他の面々は…

「…緑間さんが誘ったの?」
「そんなわけがないだろう。こいつらが勝手についてきたのだよ」

だろうねー、と笑う。緑間さんは全く笑っていないけれども。
私の隣にテツヤくん、紫原さんの両隣にそれぞれ黄瀬さんと緑間さんが座る。
…随分と間隔が広い円形が完成した。

「テツヤくんテツヤくん」
「なんですか、理音さん」
「…あと、何人くるの?」

嫌な予感しかしない。
そう思って顔を引き攣らせた直後、再び開かれた屋上の扉。
私は入ってきた二人を凝視し、確認し。静かに、箸を弁当箱の縁へ置いた。

「桃、ちゃあああああああんっ!!」
「きゃっ!わ、わ、そめりん?どったの?」

青峰さんをどかしつつ桃ちゃんに抱きつく。
戸惑いがちに抱きとめてくれたのが嬉しくて仕方ない。
「てめぇ、染宮!どつきやがってこの女っ」
「あーあーあー聞こえない」
何人来ようが知らない。桃ちゃんが一人いれば、この場は楽園にも等しい。

桃ちゃんと青峰さんを並べ、三人揃って集団へ戻る。
和気藹々と昼食を採っていた彼らだが、うん…私の弁当が明らかに減っていることには、もう何も言わない。

「染宮」
「…はいはい、わかってるよ」
ようやっと戻ってきた私を見上げるのは緑間さんだ。急かす視線に渋々鞄を漁り、もう一つの弁当箱を取り出す。

「え?え?なんで染宮っちが緑間っちに弁当作るんスか?」
「……」
「黄瀬くん。可哀想なので聞かないであげてください」
好き勝手言いやがって、テツヤくんめ。
テツヤくんとの間に空間をたもちつつ、元の位置に座る。…正面が黄瀬さんだった。視線が痛い。

「…それはね、」

「染宮が緑間との学力勝負に負けたからだ。黄瀬」

全員が首を捻り、いつの間にやら開いていた扉へ視線を注ぐ。
赤司さんだった。
鞄を片手に悠々と歩いてきた彼は、ごく自然な動作で私と緑間さんの間に着席する。
…………まずい。あまりに違和感がなくて身動きできなかった。

「毎度毎度よく飽きないな。現在の勝率はどうなってるんだ?」
「6:4で私かな」
「…しかし、今回はオレが勝ったのだよ」

不快そうに呟きつつ、緑間さんが弁当を咀嚼する。
赤司さんはその横顔をじっと凝視したかと思うと、いつも通りの能面のような表情で私へと向き直った。

「なあ。次のテストは俺とも勝負しないか」
「するわけねーでしょ万年一位」
「一問も落とさなければいい。同点でも俺の負けにしてやる」

なんて不遜な。

「もしお前が勝ったら、…そうだな、コレをやろう」
「?」

唐突に突きつけられた紙を受け取る。写真のようだ。
他の誰にも見られないよう、表側を覗き見る。
………時間が、止まった。

「去年の合宿の際、部員から没収したものだ。さっき偶然見つけたんだが」
「やります」

写真を持つ手が震える。
勝つぞ。絶対勝つぞ、染宮理音。
写真の中にはうたた寝をする桃ちゃん、料理に失敗して半泣きになる桃ちゃん、笑う桃ちゃんと桃井さつき尽くし。
これだけでも充分戦う理由にはなるのだが、問題がもう一つ。
私の写真も、混じってる。

「ついでにコレ撮ったヤツの名前も教えて。しばく」
「良し。俺の勝利報酬は緑間と同じで構わない」

珍しく微笑んでいる赤司さんに宣戦布告。
即座に鞄から教科書を取り出した私を、いくつもの胡乱な視線が見つめていた。

…そして一ヵ月後のテツヤくんは、泣きながら二人分の弁当を作る私の姿を目撃したのでした。

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