スピーカーから惜しみなく響く絶叫と断末魔。
呆けたような顔で一心に画面を凝視する私の背中は、桃ちゃんが縋りついていて温かい。

「そめりん…も、もうやめない?一時間も経ったし、疲れたんじゃ…」
「まだ一時間だよ、桃ちゃん。あと一時間三十分」

画面の中で、逃げ惑っていた若い女の子の体が飛び散った。文字通り。
血の飛ぶ粘っこい水音に怯えた桃ちゃんが細い悲鳴をあげたが、こんな安っぽいスプラッタで怖がるなんて桃ちゃん本当にかわいいなあ。

画面内で高笑いする殺人鬼よりも、背後で震える桃ちゃんの観賞に移行しようかと考えた時、ふいに自宅の呼び鈴が響いた。チッ。邪魔しやがって。
リモコンを操作して映画を一時停止する。いまだに私の服の裾を掴んでいた桃ちゃんに断って玄関まで赴けば、…そこには誰もいなかった。
……だ、誰もいない…だと…?

「理音さん。います、ボクです」
「うわっ!?…あ、ああテツヤくんか。あはは、びっくりした」

目の前にいたのに全然気付かなかった。
乾いた笑いで謝る私にテツヤくんは少しだけ不服そうな顔をしたが、大丈夫慣れてますと間髪いれずに返してきた。珍しく早口だ。拗ねてはいるらしい。
……こういう反応は、やっぱりかわいい。

「えーと…それで、どうしたの?」
「はい。その…お恥ずかしい話なんですけど、」

困ったように目を伏せたテツヤくんは、ぼそぼそと小さな声で言葉を継ぐ。

「合鍵を、忘れてしまって…家に入れないんです。
 すみませんが、誰か帰ってくるまでお邪魔するわけにはいかないでしょうか」

なんだ、そのかわいい理由は。
一も二もなく快諾する。外は寒いので、確かに屋根の下にいないと辛いだろう。
桃ちゃんのいる部屋にテツヤくんを通して、三人ぶんのコーヒーを用意しにキッチンへ駆け込んだ。
…思わぬ来客に、桃ちゃんの歓声が聞こえた。

「あー、桃ちゃーん。映画先見てていいよ、時間かかりそう」
「えぇー…うん、わかった…」

湯が沸くまで待たなければならないので、隣の部屋で待機する桃ちゃんへ声をかける。
随分嫌そうな返事だったが、これでも私なりに気は遣ったのだ。折角テツヤくんが来たんだし、抱きついちゃったりすればいいんじゃないかな。
…あれ、なんだろうこの黒い気持ちは。嫉みだろうか。

「くそっテツヤくんが嫉ましいッ……って、あれっ。窓が濡れてる」
奥歯を噛み砕く勢いで歯噛みしていたが、水滴のついた窓を見てふっと我に帰る。
そめりん雨降ってる、と桃ちゃんの声が聞こえたのもあって、私は火を止めると同時にダッシュした。
やばい、やばい。家ん中、結構窓開いてる。
テツヤくんと桃ちゃんが手伝いを申し出てくれたが、自宅の中を走らせるのは気分的にアレなので辞退させてもらう。
慌しく家じゅうを走り回り、最後の窓を閉めて。
これで戻れると一息ついた時、再び玄関の呼び鈴が仕事をしたのだった。

「いっやー、まさか雨降るとは思ってなくて。ごめんね、染宮っち」
「迅速に帰れ」
「ちょっ!待って待って、玄関閉めないでっ…マジで寒い!」

悪びれずけらけら笑う黄瀬さんと、玄関先で攻防を繰り広げる。
…まあ、当然のように私が負けた。髪や服からぼたぼたと水滴を落とす黄瀬さんは確かに寒そうだったので、不憫に思いつつバスタオルを渡す。

「うわぁ、全身濡れてんじゃん。お風呂入る?」
「…お願いしてもいいっスかね。今超寒っ…へっぷし!」
「ぎゃあっ、汚っ!」

漫画のようなくしゃみをする黄瀬さんを風呂場へ押し込み、父親の自室から衣服を拝借。
そして桃ちゃんとテツヤくんに手伝ってもらいながら、濡れた床を拭く。
なんか、一気に歳を食った気分だ。

「でも、まさかきーちゃんまで来るとはね。びっくり」
「はい。びっくりしました」
「本当にねー。ふふ、まさか残りの四人も来ちゃったりしてね〜」

冗談めかしてそう告げた直後、三度目の呼び鈴が鳴る。
硬直する私たち。
その場に跪いたまま無言の目配せを繰り返し、誰が迎えに出るかと押し付けあった。
呼び鈴は、急かすように連打されている。

「…ムッくんに、100円」
「じゃあボクは緑間くん…いえ、青峰くんに100円で」
「なら私は、大穴赤司さんに100円かな。あはは、笑えねえ」

三人で言い合いながら、揃って玄関へ向かう。
ドアノブに手をかけたのはテツヤくんだった。確認するように振り返った彼に、私と桃ちゃんが頷く。
「…じゃあ、開けます」
重い音をたてて開かれる扉。我が家の玄関、こんなに重かったのか。

外開きの扉が完全に開かれたその瞬間…私たち三人は、見事に黙り込んだ。
黙るしかなかった。

「あ、やっほーそめちん。昨日ぶりー」
「すまないが、少し入れてもらないか?青峰に傘を折られてな」
「…オレからも、頼むのだよ」
「あ?なんでさつきとテツまでいんだよ」

まさか、四人来るとは思わないのだよ。

扉を押さえたままのテツヤくんが再び振り返り、どうしますか、と聞いてくる。
うん。答えは、ひとつしかないよね。
「お引取りくださ―…ッ!」
黄瀬さんの時と同様、即座に扉を閉めようとはしたものの。素早く繰り出された赤司さんの右足が扉の隙間に挟み込まれてしまって、閉めることができない。
凄腕のセールスマンみたいだ。赤司さん。

「い、いやあの…今黄瀬さんも来てるし、物理的にちょっと…」
「染宮」
「ほんと悪いと思ってるよ?でももうすぐお母さん帰ってくるし…」
「染宮」
「…………」

泣きそうになりながら、扉を押さえていた手を離す。
四人とも見事に濡れ鼠だ。これは全員風呂場行きだろう。お父さん、服持ってるかな…持ってないよね…赤司さんはともかく、他の三人は無理コースだよねぇ…!
「そめりん…泣かないで…」
「理音さんには笑顔が似合うと思いますよ」
テツヤくんが珍しい切り口から慰めてくれた。その優しさが痛い。

無人となったリビングから、ホラー映画の主人公の悲鳴が聞こえてきた。

…私もあげたいよ。断末魔。


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賭けに勝ったのは桃井(紫原が連打してた)

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