知らない人に知られている。
そんな状況は割りと少なくないのだけれど、いくら経験しても慣れないもので。

「あ、君ってあれでしょ!この前真ちゃんと喋ってた子!」
「……は?」

休日にふらりと出かけた矢先に、知らない人に話しかけられた。
…とはいえ、話しかけられたというと語弊がある。実際には指をさして上記の台詞を叫ばれたのだ。街中で。
周囲の視線でめった刺し。意味がわかりません。

「…誰?」
「!?」
割と純粋な気持ちで首を傾げると、目の前に立つ同い年くらいの男は大げさに仰け反った。
オーバーリアクションすぎるところが黄瀬くんに似てるような、似てないような。

「あぁーっと…そっか、君ずっとケータイいじってたもんな。
 俺は高尾和成。秀徳の一年で、えっと…」

秀徳。真ちゃん。ケータイ。
それら全部を聞き終わってやっと、私はこの人の"声"を思い出したのだった。
「ああ、海常に自転車でリアカー曳いてきた人か」
「そう!それ俺!」
彼は、まるで初めて外国人と意思疎通ができたかのような笑みを浮かべる。
地味に失礼だけれども、私が会話しづらい人間だというのは自認しているので、特に気に留めないことにした。
悪意がないのは明白だしね。

「あの後真ちゃんに君のこと色々聞いてさ、また会いてーなって思ってたんだけど。
 まさかこんな早く会えるとは思わなかったわー」
「………ちょっと待とう。…えと、高尾さん」

色々ってなんだ。
顔を露骨に引き攣らせた私に、高尾さんは実に楽しげに笑ってみせた。

「や、別に大したことは聞いてねーよ。ただ真ちゃんと仲良しってのは聞いたけど」
「…おい、その気色悪い戯言は緑間がほざいたのか?」
「ううん?俺の解釈」

何を言っても高尾さんの笑顔は崩れない。完璧に遊ばれている。
主導権を握れない会話に嘆息しつつ、「仲良くないよ」と言葉を継ぐ。
そう。本当に、仲良くない。
ただ"学力試験"と名のつくモノ全てで競って、負けたほうは何かしらを奢る、みたいな不毛で真剣な戦いをほぼ三年間続けてきただけだ。

「ほら、仲良くないよ。性格的にも全然合わないし」
「真ちゃんも同じこと言ってたよ?」
「うぐっ…!」
またか!緑間!!
久々の"コレ"に歯噛みする。にこにこ、からにやにや、に移行した高尾さんが憎くてならない。
つーか、なんで会って五分の人間にここまでおちょくられなきゃならないんだ。
そうだまずは落ち着け染宮理音。
相手は遊んでいるだけだ。私が逆上すればするほど、向こうは楽しくなってつけあがる。
深呼吸、深呼吸。
よし。

「高尾さん、話があるんだけど」
「何、"理音ちゃん"?」

撃墜された。
両手で顔を覆い項垂れる私と、腹を抱えて笑い転げる高尾さん。
恐らく緑間さんもこんな感じで日々遊ばれているんだろう。可哀想に。

「気持ち悪い」
「うわ直球」
「きもい。最悪。死ねばいい。デコ。死ね。デコ」
「デコ二回言った!?」
だって気になるんだもの。額。
涙ぐんだ目を擦りながら顔をあげて、高尾さんに背を向ける。
人通りが少ない道だとはいえ、一応ここは公道。突っ立って喋っているのはそれなりに迷惑だろうと、やっと思い立ったからだ。

「あ、ちょっと待とうぜ理音ちゃん。急ぎの用でもあんの?」
「ないけど…っていうかその呼び方やめて!」

下の名前で呼ばれるだけでも嫌なのに、"ちゃん"付けがいただけない。
桃ちゃんにも呼ばれたことないのにー。
そめりん呼びも好きだけど、いつか名前で呼んでもらいたい願望があったのにー。

「俺これから真ちゃんと遊ぶんだけどさ、理音ちゃんも一緒に…」
「なお嫌だわ!断固拒否するわ!!」

この人と緑間さんに挟まれるとか、地獄の責め苦以外の何物でもない。
それよりなんでついてくるんだ。
さっきから競歩の速度で移動しているというのに、全く距離が広がらない。

イライラしつつ、人通りの少なかった市街地を抜ける。
商店街に入ってしまえば人も多いだろうと踏んでの行動だったが、どうやら正解だったようだ。
予想通り人ごみはそれなりだし、小柄な私が全力で抜けてしまえば高尾さんはついてこれないだろう。

そう思って、もう一段階ほど歩く速度をはやめる。
その時だった。
人ごみの中で抜きん出ている、どっかで見たような緑の頭が進行方向に見えたのは。

「ああもう、理音ちゃん期待通りすぎ。
 おーい、真ちゃん!遅れて悪かったなー!!」

謀られた。
とある店の前で立っていた緑間さんへ向けて、呆然とする私の背を押した高尾さん。
緑間さんは私を見て一瞬だけぎょっとしたものの、疲労困憊な様子を見てすべてを悟ったらしい。

「染宮。今朝のおは朝は見たか?」
「…見てない。何位だった…って、ハハ。だいたい予想つくけどね…」

緑間さん曰く、ラッキーアイテムは"マイク"らしい。
よっしゃ、じゃあカラオケ行こうカラオケ、と背後から楽しげな声が囃し立ててくるが…もう私はどうしたらいいのだろうか。
…どうにでもしてほしい。

「おっしゃー、染宮さんの演歌百連発を食らえ」
「ぶはっ!演歌って!演歌って…!!」
「…おい、オレはカラオケに行くなど一言も、」
「まあいいじゃん、真ちゃん!今日は楽しくなりそーだしなー」

全く休めなかった休日だけれども、最近の重苦しい学校生活でのストレスを解消するのにはちょうど良かったかもしれない。

…ひとしきり遊んで帰宅し、携帯を開いたその瞬間。
いつの間にやら登録されていた『和成くん』の文字に、私は全力で携帯を壁へとぶん投げたのだった。

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