久々に見たバスケの迫力は、終始私を圧倒した。

…ていうか、黄瀬さんめテキトーなこと言いおって。
かなりやるじゃないか、火神さん。
そりゃあ青峰さんと比べれば格段に劣るけれども、想像していたよりは全然凄い。

コートから目を離さずに、鞄を持つ手を強く握り締める。
第四クォーターは負傷で引っ込んでいたテツヤくんもコートに戻り(まああんまり見えないんだけど)、誠凛と海常、互いに一歩も引かないランガン勝負となっていた。

私は、桃ちゃんのようにマネージャーとして特別な能力があるわけじゃない。
入部するまでバスケのルールも曖昧だった。入部する動機すらも、純粋なものはいえなかった。
…だけど。

「テメーのお返しはもういんねーよ!なぜなら…!」
高く跳んだ火神さんが叫ぶ。
彼と同時に跳んだはずの黄瀬くんは、既に最高高度を突破して落ちかけていた。
火神さんの停空時間は凄まじく、ボールを持った手はゴールの真上まで迫っている。

「これで、終わりだからな!!」

鳴り響く、試合終了を告げるブザー。
結果は100対98。信じがたいことに、勝利したのは誠凛高校だった。
周囲が驚愕で絶叫する。勝者たちは喜びを分かち合って、敗者はリベンジを誓う、そんな光景。
中学時代に散々見てきたはずの光景に、ここまで揺さぶられるとは思わなかった。

私はマネージャーとして優れたところは何もない。
だけど。……だけどそれでも、私はバスケが好きだ。



試合終了直後に失踪した黄瀬くんを探すのに数分かかった。
でかい体育館を一周し、元の場所に戻る寸前の場所で発見した時は壁を殴ろうかと思ったが、どうもそんな雰囲気じゃない。

水道の前で会話する黄瀬くんと、懐かしい緑色。
会話の内容は聞こえないけれども、まあだいたいは想像がつく。

「………や、やっほー!黄瀬くん!」
「!理音っち」
「理音だと…?」

散々迷った末に、一番馬鹿っぽい登場をすることにした。
…けど、絶対滑った!これ滑ってる!超滑ってる、もうやだ超死にたい!

「えっと…その。なんていえばいいか分からないけど。とりあえず、お疲れ様」
「…うん。ありがとっス」

私が入部した時、帝光は既に絶対的な勝者だった。
だから私が応援する人は、ただの一度も負けたことがなかった。
…そのせいで、私は励まし方を知らない。敗者にかける言葉を知らない。
苦い気持ちで胸がいっぱいだ。気持ちが悪い。

「染宮」
「なに?緑間さん」
傍らで私と黄瀬くんのやりとりを聞いていた緑間さんが口を開く。
彼と会うのは久々だけど、また身長が伸びてる気がする。首が痛い。

「…いや。随分と久しいと思ってな。相変わらず気の抜ける顔をしている」
「喧嘩売ってんのかお前」

にこやかに拳を構える。久々の緑間さんの嘲笑が腹立たしい。
しかし拳を作ったはいいものの、仮にもスポーツマンをぶん殴るのは気がひける。
ここは以前紫原さんの協力で実行しようとした『眼鏡強奪』でいくべきなのだろうか。
……くっ、でも黄瀬くんに乗るのは嫌だ!どうしよう!

その時だった。
人知れず何かと戦っていた私を沈めるかのように、ちりりんと間の抜けた音が聞こえたのは。
緑間さんに黄瀬さん、そして私。全員揃って音の方向へ首を捻る。

「真ちゃん、テメェ!渋滞で捕まったら一人で先行きやがって!
 …くそ、なんか超ハズかしかったろがーっ!!」

遠目に見える公道を、一台の自転車が走っている。…その後方には、どうも信じがたいものがくっついているのだけれども。
叫んでいるのは当然のように運転する人物だった。
真ちゃん、とは普通に考えれば目の前の緑間真太郎さんだろう。制服も同じだし、秀徳の人らしい。

「…緑間っち、アレに乗ってきたんスか?」
「そうだ」
そうですか。としか言いようがない。

黄瀬くんと緑間さんの会話を邪魔するのもアレなので黙っていると、ふいに鞄が震動した。
とりあえずその場で鞄を漁り、携帯を取り出す。新着メール、一通。
『黒子テツヤ』。
液晶にこの名前が表示されるのはとても久しい。懐かしさやら嬉しさやらで、不覚にも涙腺が潤む。

件名は"ボンバーです"。…何がだ?そこにいる緑の頭がか?
どうやら添付画像があるようで、読み込みが少しだけ遅くてじれったい。

本文。"今日はありがとうございました。とりあえずこれを見てください"。
…あれ、これだけ?と思いつつ、画像を開く。
我が目を疑った。

「で……でけぇ!!」
「はっ?」

素っ頓狂な声は黄瀬くんのものだ。いつ間にか、緑間さんは姿を消している。
「テツヤくんからメール。見てよこれ、すごくねこれ」
「黒子っちから……って、凄ぇっ!でかっ!?」
画像は写真だった。
そして何の写真かといえば、厚さ15センチはありそうなほどに巨大なステーキ肉。
アブラが…脂が半端ない。見ているだけで胸焼けがするレベルだ。

「うわぁ、黒子っちは無理っスね。ただでさえ食細いし」
「黄瀬くんなら食べれる?」
「んー、微妙…つーかそこまで肉食ったら体系変わっちゃいそうだしなー」

モデル野郎は大きく背伸びをし、じゃあ着替えてこよっかなと言い放つ。

「それ、ここの近くの店のっスね。
 黒子っちには謝りたいし、ちょっくら行ってくるっス」
「あ、そう」
行ってこいどこまでも。
そんな意を込めて答えたのだが、黄瀬くんは不満だったらしい。
僅かに頬を膨らませて「理音っちも行くんスよ」と私の手を引く。

「は?着替えの手伝いなんかしねーぞ」
「そっちじゃない!黒子っちんとこ!…だからゴミを見る目はやめて欲しいっス!」

テンションがころころ変わって、相変わらず忙しい。
…うん。ほんとに…この人たちと一緒だと、休む暇なんかなくて。忙しい。

「…?なに笑ってんスか?」
「わ、笑ってない!」

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