キセキの世代、なんて大層な呼び名だと思う。

「ふと思ったけど、キセキって"奇跡"?それとも"軌跡"?」
『え、奇跡じゃないんスか?…ぶっちゃけ気にしたことないけど』

それでいいのか、ご本人様。
相変わらずな通話相手に呆れ半分懐かしさ半分な気持ちで息をつく。
「ていうか用件は何、黄瀬くん」
高校では部活もやっていないし、別にいつかけてきても構わないのだが、私より向こうが忙しくないのだろうか。

私の声で思い出したらしい黄瀬くんは、ああそうそう忘れてた!と明るい声で返答する。
それでいいのか、と再び思う。

『実は今週末に練習試合があるんスよ。で、是非理音っちに見に来てほしいなって』

なんだ、そんなことか。ハハハこやつめ。
「切る。おやすみ」
『あああああ待って待って!切らないで!練習試合っつっても、相手が誠凛だから誘ってるんだって!』

………誠凛?

頭の中に冷水をぶちまけられたようだった。
鼓動が早くなって、思考が真っ白に染まる。…我ながら動揺しすぎだとは思うんだけど。

「…誠凛、って…テツヤくんの…」
『そう。今日挨拶に行ったんスけど、いたよ。黒子っち。新しい"光"と一緒に』
「………」

真っ白になった頭で必死に考える。あさって、か。日程に全く問題はない。
ただ…バスケ部を去ってから一度も顔を合わせられなかったテツヤくんと、どう会えばいいのかが、わからない。

『…えと。あんま深く考えなくて大丈夫っスよ。黒子っち、結構楽しそうだったし』
「そっか」
『それより!気に入らねーのは火神…あ、火神って例の"光"っスけど!あいつすげー気に入らねえ!』
「それはどうでもいい」
『うぉっ辛辣!…でも懐かしい!』

電話口にショックを受けている黄瀬くんの姿が容易に想像できて、つい笑ってしまった。
「行く。何時からやるの?」
なんだか気を遣わせてしまって悪いけど、折角なので甘えさせてもらおう。
まさか、本当にただ見てほしかったってわけでもないだろうし。

『え、マジで来てくれるんスか?よっしゃ!じゃあオレ、久々に超頑張るっス!』

……………あれ?
どう考えても喜びすぎな反応に戸惑いつつ、詳しい日程やらを教えてもらう。
…そして約束の日は、すぐに訪れた。

第一印象。
「や、やっと着いた…!!」
迷った。ええ、完璧に迷いましたとも。
盲点だった。試合の日時だの、海常の選手だのを聞いて、肝心の会場の場所を聞いていないだなんてことがありえるのだろうか。
…いやね、ありえたからこの時間にいるんだけどね。

「どーしよう。今頃始まってるよね多分」
それなりに広い校内を、点々といる生徒たちに道を聞きながら駆け抜ける。
時計を見ると、黄瀬くんから聞いた開始時刻ちょうどだった。

第一クォーター終了までには、絶対に到着しなければ。
「待ってろぉ、テツヤくんっ!!」
走るのは嫌いだけど、この時ばかりは全力で走った。
そして黄瀬くんに指示された通り、体育館の裏口にたどりつく。
何故裏口かというと、なんでも表からだと黄瀬ファンの波で圧殺されるかららしい。
…いや、慣れてるよ。やっぱり高校上がってからもそうだったんだね。

「!やぁっと着い…」
開いていた扉を見つけ、嬉しいままに覗き込んだ。
覗き込んだその目の前で、まさか大迫力のダンクが炸裂しているとも知らずに。
まさか、そのダンクでゴールがぶっ壊れているとも知らずに。

鳴り響く審判の笛。
あまりの出来事に硬直してしまった私は、すごすごと体を引っ込めた。
「……………」
なんかね、もう。なんていえばいいんだろうね、これ…

「おい、壊れたぞ。どーする黒子これ」
「壊れてしまったのは仕方ありませんよ、火神くん。
 …すみません、ゴール壊れてしまったので。全面側のコート使わせてもらえませんか?」

壁越しに見知らぬ声と懐かしい声が聞こえた。
再び鳴った笛と共に、もう一度体育館を覗き込む。…全面側使わせろって、練習試合に片面しか空けなかったのか。どんだけナメられてるんだ、誠凛高校。

…ていうか、あれが件の"火神"か。でかいな。髪すごい赤い。あと眉毛すごい。
「………あ?誰だお前」
「!」
うわぁ、凝視しすぎた。
ぶっ壊れたゴールを片手で玩んでいた"火神"は、開け放たれた扉から覗き込む不審者を発見したらしい。
重そうな足取りで近づいてきては、野生の虎みたいな目で見下ろしてくる。
すごい威圧感だ。普通に怖い。

「見学ならあっち行けよ。気ぃ散るし」
「…んー、確かにそうなんだけど…」
黄瀬くんにこっちにいろって言われたしなあ。
煮え切らない様子で考える私と、苛立ちを順調に募らせているらしい火神さん。
助け舟は、思わぬところから現れた。

「……理音、さん?」

突然傍らから聞こえた声に、火神さんが悲鳴をあげて仰け反った。
そこにいたのは案の定、黒子テツヤくん。
相変わらず感情は読みづらいものの、僅かに見開かれた目で彼が驚いていることはわかった。

「そうだよ。しばらくぶりだね、テツヤくん」
「…はい。お久しぶりです」
中学の時、私とテツヤくんはクラスが違ったので、彼が部活に来なくなってからは関わりが断絶されてしまった。
…図書室で顔を合わせたことはあったけれども、お互い声をかけることもなかったし。
だから、『久しぶり』だ。本当に。

「?なんだよ黒子、こいつと知り合いか?」
「はい。…そうだ火神くん、カントクのところに行ったほうがいいですよ。呼んでました」

淡々と告げられた言葉に、火神さんが苦い顔をする。
去っていく背もでかい。まさにバスケのためにできたような体つきだと思う。

「理音さんは、どうしてここに?」
「黄瀬くんに呼ばれたの。テツヤくんの学校と練習試合するって」
「…そうですか」

目を伏せたテツヤくんが何を考えているかはわからない。
…けど、きっと複雑なんだろうな。中学の終わりなんかお互い避けまくってたし、やっぱりこんな軽々しく会うのってよくなかったのかも―…

「理音さん。ひとつ訊いていいですか」
「な、何?なんでも訊いて」
深刻な声音で言われたものだから、つい身構えてしまう。
なにを聞かれるんだろう。どうしてボクを避けたんですか、とか訊かれたら…私…

「じゃあ訊きます。理音さん、その服はなにかのコスプレですか?」

漫画みたいに、ずっこけた。
「制服だよ!確かにコスプレ臭いけど!制服!」
「そうなんですか?なんだかアイドルグループみたいですね」
「否定はしないけれども!!」
テツヤくんの天然ボケに全力でツッコミをいれる。
…このなんでもないやり取りが、なんだか泣きたいくらいに懐かしい。

「………テツヤくん」
「はい」
「…絶対、勝ってね。見てるから」

黄瀬くんには悪いけど、今の私はこっちを応援させてもらおう。
うつむいた私が搾り出した声は、囁きと呼んでもいいくらいに小さかったが、テツヤくんは一字一句漏れなく聞き届けてくれたらしい。
「わかりました」と一言頷いて、チームのもとへと帰っていった。

…やっぱり、いいなあ。バスケ。

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