話すぶんには楽しいんだよ。

「そうそう、遠目からでも一発でわかるよね。紫薔薇さん」
「紫"原"なのだよ、染宮。恐ろしい奴め」

不愉快そうに訂正した緑間さんは、頬杖をつく私の目の前でシュートを放つ。
ネットを通過したボールが無人の体育館の床に落下し、跳ねて、もう一度跳ねて。
私の足元で停止したので、拾って緑間さんへ向けて放ってやる。

「それにしても簡単そうにやるよね、3ポイント。描く弧が美しいですこと」
「…貶すか褒めるかハッキリするのだよ」
「きゃーっ、緑間さんすごーい。かっこ棒読みかっことじ」
「説明するな!」

怒られた。
ハッキリしろって言われたからしただけなのに、と唇を尖らせる。
緑間さんの生ゴミでも見るような視線が痛い。痛すぎる。心に突き刺さる…気がしただけだった。錯覚だ。私の心は少しも傷ついていない。

「やっぱり一軍は動きが違うなぁ…」
「…お前、何故いつまでも三軍の世話を焼いている?」

緑間さんがシュート練習をやめ、体育館の壁にもたれていた私に歩み寄ってくる。
タオルと飲み物を手渡すと、「悪いな」と殊勝な声が返って来る。…変なところで律儀な男だとしみじみ思う。

「何故って言われても。主将から何も言われないから?」
「直訴すればいいだろう。確かに近寄りがたい奴ではあるが、意見を聞くくらいは」
「…うーん。でもさ、結局一番人数多いのって三軍なんだよね」

二軍に上がるだけでも、苦労するものは散々苦労する。
それほどに才能を見抜く主将の赤司さんの"目"は的確で鋭いものなのだ。
…彼の眼鏡にかなえず、三軍で日々ひたすら球を転がしている人たちだって少なくない。

「大人数をさばける力量を認められてるって考えればいいんだよ。
 そうしたら、ちょっとずつくらいはモチベーション上がってくしね」
「…低燃費な奴だな」
「はいはい、なんとでも言えー」
再び壁にもたれかかる。冷たい感触が心地いい。

「あーあ。とんでもない新星とか来ないもんかなー」
「どうだろうな。赤司も似たようなことを言っていたが、正直オレにはよく分からない」

緑間さんがその場に腰を下ろす。
私だけ立っていて見下ろすのもなんだか気分が悪いので、その場からずるずると上半身を滑らせて座り込んでみた。

「スタメン交代とかないかな?私、あの灰崎って人どうも…」

「たのもー」

愚痴交じりに切り出した言葉が、暢気な声に遮られた。
開け放たれた体育館の扉。緑間さんと揃って視線をずらすと、光の中に佇む巨大な影が見える。
…逆光でよく見えないけど、今の声って。

「ん?…あれぇ、ミドチンだけ?赤ちん知らない?」
「赤司ならもう帰ったのだよ。ここにいるのはオレと染宮だけだ」

長い足を使い、一瞬で私達の前までやってきた巨人…もとい、紫原さん。
私が座っているというのもあるが、彼の長身といったら常識外れなくらいだ。もはや塔のようにすら見えてしまう。
「染宮?…って、このちっこいコ?」
そりゃあ、貴方と比べたらみんなちっこいでしょうよ。

「全然知らないや。一年生?」

ぶちっ、と頭の中の何かが切れる音がした。
私の変化に気付いたらしい緑間さんが目を剥いている。ずり下がった眼鏡と、間抜け面が不本意ながらもちょっとだけ可愛い。

「一応バスケ部のマネージャーだよ。二年!同級生!」
「ふーん。知らない」
二回も言いやがったなこの野郎。

「まあそんなことはどうでもいいや。オレ赤ちん探さないとだしー」

そんなこととか言いやがった。最悪だ。
「…おい、染宮。悪いことは言わん、今すぐ鏡を見ながら深呼吸しろ」
紫原さんに聞こえないよう、片手で音を遮りつつ囁いてきた緑間さん。
ピンク色のやたらと愛らしい手鏡を渡されたのだが、何故お前が持ってるんだとか野暮なツッコミはもうしない。おは朝は偉大である。

「すーはーすーはーすー」
「口で言っているだけでは意味がないだろう」
「ひっひっふー」
「ベタなボケをするな!」

緑間さんの反応は、本当に期待通りで面白い。
そんなこんな喋っているうちに鏡に映っていた般若は失せて、かわりに私の顔が映っていた。
…おっかしいなあ。さっきまで映っていた鬼はどこへ消えたんだろうか。
「お前は怒りの沸点が低すぎるのだよ」
「怒ってない、一発殴りたいと思っただけ」
「…プライドのほうは高すぎるようだな」
お前何様なのだよと問われたので、形式上理音様なのだよと答えておく。
生ゴミ視線、リターンズ。冗談だったのに。

「ふーん。ミドチン、その子と仲いーんだ」

「「…は?」」
唐突に聞こえた声に、二人揃って顔を上げる。
と、私たち同様体育館に座り込んでいる紫原さんの姿があった。当然のように座っていても大きい。そして無心にまいう棒を貪っているため、菓子クズがぼろぼろ落ち……ってオイ!片付けるの誰だと思ってんだよ!

「ていうか紫原さん?早く赤司さん追っかけないと宇宙に帰っちゃうんじゃない?」
「え、赤ちん宇宙人だったの…!?」
「余計なことを吹き込むな、染宮!そんなわけが、…ないだろう!」

一瞬詰まったな、緑間さん。完全否定はできないわけか。

「ミドチンと…あんたは帰らないの?」
「いや。もう帰る」
「私はこの前の定期試験で緑間さんに勝ったから、ご飯を奢ってもらう所存」

誇らしげな私に、緑間さんが忌々しげに唇を噛んだ。
緑間さんと二人で夕飯を採るなんて御免なんだけど、そもそもそういう賭けだったのだから仕方ない。
先ほどプライドが高すぎるとなじられたが、緑間さんだって相当なものだ。
負けたことを素直に受け止めて認めたうえで、次の試験でどう鼻をあかしてやろうか考えている。
…そして、その顔が恐すぎるのは言うまでもない。

「……着替えてくる」
「行ってらっさーい。私はその間に掃除でもしとくねー」

タオルやなにやらを引っつかんで退室する緑間さん。
「じゃ、紫原さん。モップかけちゃうからお菓子食べるのやめて」
「えー」
「つーかそもそもなんでまだいるの?赤司さん、今頃大気圏突破してるよ」
「それじゃもう追いつけないじゃん」
いいや、届くさ。君なら届く。もう少しご飯を食べれば、きっと大気圏くらい届くさ。

「赤ちんにはメールしとくからいーや。
 …それより、オレもミドチンと…そめちん?とご飯食べたい」
「私は嫌だ」

ていうかそめちんてなんだ。

「赤ちんに『灰崎の悪口言ってた』ってチクっちゃうよ?あと宇宙のことも…」
「オッケーわかった!紫さん!一緒にご飯を食べよう!」

この時の私は、まだわかっていなかった。
ただでさえ人の多いマジバで、二メートル近い男ひとり、二メートルを越えちゃった男ひとりと同席するのがどれだけ辛いことかを。

…トレンチコートに連行される、例の宇宙人を思い出しました。

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