救急搬送は免れた。
なぜかといえば、金のある帝光学園。宿に食事がついていたのだ。
赤司さんがそれを知らなかったはずはないんだけど…遊んだのか、私で。ちくしょう。一杯食わされた気分だ。

「でもさ、思えば調理実習があったのって去年の冬なわけですよ。
 それを今年の夏まで気にしてるってことはそうとう赤司さんの自尊心を傷つけたってことで、このまま放置しておくと卒業までに一回くらいは重傷負わされそうっていうか。
 だから今のうちにあれこれして機嫌をとっておこうって考え付いたんだテツヤくん」

「…すみません、聞いていませんでした。五文字でお願いします」

「かしつくる」

「はい、ありがとうございます」

こ、こいつ…!あえて五文字との制限をかけることで、『赤司さんに』の部分を省略させ、あたかも自分へのプレゼントを作成しているかのように誘導しただと…!?
恐ろしい。末恐ろしいぞ、黒子テツヤ…!
で。冗談はさて置き。

「テツヤくんは何してるの?折角の貴重な休憩時間を」
旅館の厨房を少しだけ借りている私は、当然のように調理中。
傍らにテツヤくんがいるのが不思議で仕方ない。マネージャーですらみんな休んでるのに。
そもそも彼は体力が優れていないのだし、真っ先にぶっ倒れるのではと心配してしまう。

「はい。ボクもさっきまで寝てたんですけど」
「うん」
「青峰くんの踵落としで完璧に目が冴えました」
「かわいそうに…」
寝相酷そうだもんな、あの男は。
休みなく動かしていた手を初めて止めて、心なしか小さく見える肩へそっと置く。

「元気出して。…私のお菓子なんかじゃ満足できないかもだけど…」
「ありがとうございます。嬉しいです」

テツヤくんが、ふっと綻ぶような微笑で応えてくれる。
くっ…!彼を"可愛い扱い"から外して久しいが、この表情が見れた時だけは、どーしても再発しかける。こう…胸の奥に直接ブチ込んでくるような気持ちは、いったいなんなのだろうか…!

その後もテツヤくんと会話をしながら作業を進め、生地をオーブンに入れる。スイッチオン。これで暫くは暇な時間ができた。

「あれー?そめりん、こんなところにいたんだ……って、キャア!テツくんまでっ!?」
「あ、どうも。桃井さん」
「テツくん相変わらず私服も素敵…じゃなくて。そめりん、何してるの?」

小走りで厨房の奥までやってきた桃ちゃんは、寝起きだからか若干髪が乱れている。かわいい。
パウンドケーキ作ってるのとオーブンを指し示すと、桃ちゃんの雰囲気が一層明るくなったのが分かった。
「そめりんはお菓子作り上手なんだね」
「やだなぁ、まだ出来上がってないよ?」
「ううん、上手。私だったらオーブン入れた瞬間に爆発しちゃうもん」
………Why?

厨房の人数、現在三名。

「なんか甘い匂いがする…あ、桃ちんに黒ちん。何してんの」
「さりげなく私をスルーかい」
「…え、ああほんとだ。ごめんねそめちん、ちっちゃくて見えなかった」
「上手くできても貴様にはやらんぞ紫さん」

四名。

「ああ、いたいた黒子っち!探したんスよ〜」
「雁首そろえて何をしている?時間は有効に使うべきだろう」
「ミドリンは相変わらず硬いなあ」
「つーか何してるんスか、みんなで?パーティ?」
「しないよ!帰れよ!暑苦しいんだよ!」

六名。

「っあー、よく寝た…おいさつき、水くれ水」
「もう!青峰くん、テツくんのこと蹴ったんだって?ひどすぎ!」
「……ねえねえそめちん、まだ焼けないの?」
「ん?何してんだ染宮、差し入れかなんかか?悪ィな」
「帰れぇえ!!」

結果。
「…何、してるんだ?こんなところに全員集まって…」
厨房の入り口で呆然と立ち尽くす主将。
ちょうど焼きあがったケーキをオーブンから取り出したところだったのだけど、私の周囲には六人もの人間がいる。
それも桃ちゃんとテツヤくんを除けば、みんなが皆でかいものだから、入り口から内部を覗いた際のカオスっぷりは尋常じゃないと思う。ごめんなさい。

「休憩時間は有意義に過ごせとあれほど言っておいただろう」
苛立ちを隠そうともせずに、つかつかと歩み寄ってくる赤司さん。
真っ先に飛びのいて道をあけたのは紫原さんだ。ちょうど人間の輪の真ん中に立った赤司さんは、ご丁寧にも一人ずつ、その冷たい眼光をプレゼントしてくれた。
もう一度言っておく。ごめんなさい。

「ケーキの配分は赤司さん5、桃ちゃん2、テツヤくん2、私1で行こう」
「ちょっと待った!異議ありっス!」
「異議は却下します。弁護側はもう少し考えて発言するように」
「誰も弁護なんかしていないのだよ!」
「そめちん、なんで?なんでオレのぶんないの?」

ちょっと前を遡ってみなさい紫原さん。私は確かに『やらん』と言った。
「ずっと待ってたのに…楽しみにしてたのになー」
そうやって項垂れても駄目なんだからなと思いつつ、私の手元は正直なようです。
桃ちゃん1.5。テツヤくん1.5。
紫原さんが1、私が1、赤司さんが5。よし、これでパーフェクトだ。
「染宮っちぃい!」
黄色いのはいい加減黙らっしゃい。
横の青と緑を少しは見習え。あいつらはただただ黙って、味見をする私への復讐の機会を窺っ……え?

「と、ともあれどーぞ。赤司さん」
「は?」

真っ二つに寸断した片方を、機嫌の悪そうな赤司さんへ差し出す。
…うん、意味がわからないのはわかったから、その顔やめてほしいな。凍っちゃいそうだから。

「調理実習の時、クッキーあげなかったから。
 レモンのパウンドケーキです、味は確かめたから大丈夫だよ」

「……」

大人しく受け取ってくれた赤司さんは、いまだに蒸気を放っているケーキをじっと見つめ。
「俺は甘いものは好まないんだが」
と呟いた。

……それはそれは、盲点だったなあ。
だけど黄瀬さんの猛攻を受け流し、きちんと持ち帰ってくれたところから、多少は食べる気があるんじゃないかと思う。

まあ、自室で捨てられる可能性も無きにしも非ずだけど。

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