テスト前の図書室は、そりゃあもう混む。
普段は数人が本を捲るためにある座席が完全に埋まってしまっている。
が、彼らが読むのは小説でも絵本でも漫画でもない。教科書やらノートやら、参考書である。

「だからさ、私のいつもの席も埋まっちゃってるんだよね」
「仕方ないですよ」
本の貸し借り用に備え付けられたカウンター。
そのへんで適当に取った小説を眺めながら呟くと、私の隣に座っていた男子生徒が淡々と答えてきた。

前述のように、今図書室にいる人たちの目的は読書ではない。
よってカウンターは見事に閑古鳥大合唱であり、図書委員である黒子テツヤくんと押しかけた私の姿しかない。
「暇だね」
「暇ですね」
適当に取った小説、つまらない。

「大体さぁ、一週間後の試験にどうしてここまで焦るのよ。
 毎日少しずつやってれば普通に身になるのに…理解に苦しむな」
「三日後ですよ。試験」
「えっ、ちょ、マジでっ!?」
「マジです」

マジかあああああ!!
本を傍らにきちんと置いてから、机に突っ伏す私。
理解に苦しんでいる様子の視線を上から感じるが、構っている余裕などない。本を読んでいる余裕もない。

「理音さんて…時々アホですよね」
「それ前緑間さんにも言ってたよねテツヤくん」
「結構似てると思います。二人」
「やめて!すげーやめて、それ!」

この前の桃ちゃんや青峰さんといい、何かと緑間さんと同一視されるのだが断じて願い下げである。
…ああ、アレか!認めたくないけど、これが同属嫌悪というものか!私はあんなに超人的じゃないけれども!

ちなみに上記の会話、全て小声でなされている。
みんな勉強してるわけだし、そうでなくても図書室は沈黙を美とする場。好き好んで騒いだりなどしない。
……しないんだけれども。

「あれっ。黒子っちに染宮っちじゃないっスか、奇遇っスね!」

颯爽と入室してきたのは目映い金髪。にこにこ笑って手を振る彼だが、振り返す者は誰もいない。
「どうも」
テツヤくんは軽く会釈し、私も倣って頭を下げる。
普通ならば冷たい反応ととらえるかもしれないが、これが普通だ。黄瀬さんも慣れている。
カウンターに肘をついては腹立たしいまでに美しく立ち、「黒子っちも大変っスね」と微笑む。ムカつく。本を投げてやりたい。

「試験一週間前だっていうのに当番だなんて。フツーに勉強させろって感じっスよ」
「?何言ってるの黄瀬さん。試験は三日後でしょ?」
「え?」

やれやれ黄瀬さん、貴方も間違っちゃったんですか。
そんなノリで言い放ってはみたものの、黄瀬さんの反応は先ほどの私とは似て非なるものだった。
ちょっと待ってね、と言い残して鞄を漁り、スケジュール帳を取り出してくる。
さすがモデル。そのあたりの管理は抜かりない。

「…うん、やっぱ一週間後であってるよ。染宮っちが間違ってるんじゃ…」

はい、と差し出された紙面。
ぎっちり書き込まれてはいるものの、『試験!!』の字は確かに一週間後から始まっていた。
「…テツヤくん。黒子テツヤくん」
錆びたブリキ人形のような動きで、首を回す。
なんでしょうかと白々しい返事。見据えた彼は無表情ながらも、若干楽しそうな顔している。

「どういうことなのかな」
「そういうことです。理音さん」
「歯を食いしばってくれる?」
「嫌です」

この野郎。
せめて頬でも抓ってやろうと手を伸ばしたが、ここは幻の六人目。身のこなしは凄まじい。
あからさまに苛立っている私を実に嬉しそうに見つめながら攻撃をかわし続けるテツヤくんにはイライラして仕方ない。

「…そーいえば、ずっと気になってたんスけど。染宮っち、黒子っちのことは名前で呼ぶんスね」
「うん?そうだね」
「何か意味とかあるんスか?」
黄瀬さんの質問に視線をそらした一瞬の隙に、テツヤくんの右手が伸びてくる。
控えめながらも、指先でつままれる頬。痛い。

「ほれは、わらしがさいしょさんふんのまれーじゃーやっれらから、ひゃな」
「スンマセン日本語でお願いします」
「らからぁ……って痛い!だんだん痛いっ!離せ!」

つまむ、から抓る、に相応しい力になっていた。頬だけ赤くなったらどうしてくれる。
多少乱暴に振り払おうとしたものの、テツヤくんは「はい」とだけ言ってあっさりと私を解放してくれた。あっさりすぎる。逆に腹立つ。

「だから。私は入部直後、三軍のマネージャーやってたからだよ。
 テツヤくんも三軍の時期結構長かったし、その付き合いが続いてる感じかな」

「はい。ボクも最初のほうは、"可愛い"扱いしてくれてましたし」

「最初のほうは…っスか」

ドン引きされた。むべなるかな。

「あ、じゃあオレも"可愛い扱い"してもらったら、名前で呼んでもらえたりするんスか?」
無邪気に問いかけてくる黄瀬さん。
どうやら私とテツヤくん、両方に言っているようなのですがどうしましょうか。
二人で顔を見合わせ、無言で相談。頷いたのは全く同時でした。
「いいですよ」「いいよ」
口を揃えての返答に、マジっスかと目を輝かせる黄瀬さん。
テツヤくんの表情は変わっていませんでしたが、私は笑いました。にっこりと。

「これからもよろしくお願いします、黄瀬くん」
「同じくよろしくね、キセタさん」

「変わってねえっ!つーか染宮っち悪化してる!」
カウンターに突っ伏した黄瀬さん。この人の反応は毎度毎度面白い。
別に可愛い扱いなぞせずとも、名前で呼ぶくらい構わないんだけどね。…減るものでもないし。
どうでもいいし。

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