このシュールな状況はなんなのだよ。
「染宮。菓子をやるのだよ」
「ああ、うん…わかったよ緑間さん、ありがとう…」
手元にぼとぼとと落とされる菓子の箱、袋、包み紙。
嬉しいは嬉しいけど、この量はさすがに食べられないよ。どうしろっていうの。
「肩でも揉んでやろうか?」
「謹んでお断りします」
「なら、鞄を持ってやるのだよ」
「なんなんだ!お前!さっきからぁ!!」
なんで優しいんだ!気持ちが悪い!!
なにぶん放課後、ホームルーム終了直後に教室へやってきた緑間真太郎はずっとこの調子なのだ。
何かと甲斐甲斐しく私の世話を焼き、菓子を貢ぎ。
普段の態度が乱雑なだけに気持ちが悪い。何度でも言う。気持ち悪い。
思わず涙目で立ち上がった私だが、当然のように緑間さんとはかなりの身長差がある。
見上げると、その端麗な顔はいつも通りの仏頂面。…プラス、不機嫌。
「俺だって、お前に貢ぐなどまっぴら御免なのだよ。
ただ、今日の占いでそうしろと言われただけのことだ。勘違いするな」
「するか、馬鹿。…て、占い?なんて言われたの?」
「『普段嫌がって近づかない人に心から優しくしましょう』」
「緑間ァァ!!」
こっちの台詞だアホ!そんなことだろうとは思ってたけどね!
全力で両手を上げて、緑間真太郎の胸倉を掴む。…けれども、がくがく揺さぶれない。憎き緑間は完璧に直立している。
ハンッ、と嘲笑と一緒に鼻を鳴らされた。
あまりに腹立たしい動作にどう痛めつけてやろうかと歯噛みしていると、ふいに「あれぇ?」と間延びしたのんびり声が投げられる。
「あれ。紫原さん」
「やっほー。そめちんにミドチン」
教室の扉を窮屈そうに突破してきた巨躯は、さくさくとしきりに菓子を貪っている。慣れた光景だ。
「どうしたの?珍しいじゃん」
「それ、オレのセリフ。こんなとこで、どしたのー?」
こんなとこって、私の教室なんだけれども。
聞けば紫原さんは、教室の前を偶然通りかかっただけらしい。
そして、ふと見た教室の中で緑間さんと私が互いを罵り合っていたものだから、アララこれは珍しいぞとその場のノリで侵入してきたのだとか。
彼らしいというか、なんというか。
「……あ」
脱力しかけたところで、ふと思いつく。
そうだ。紫原さんは、緑間さんよりも背が高いじゃないか。
彼に協力してもらえれば、緑間さんを痛めつけるのには最高の状況が出来上がるのでは、と。
「ねえねえ紫原さん!ちょっと私を肩車してもらえないかな?」
「なっ…!?何を言っているのだ染宮!?貴様は男が嫌いなのではなかったのか!」
「嫌いじゃないよ、好きじゃないだけ。
それに紫原さんはなんか雰囲気かわいいし、人間として大好きだ」
「何を言っているかさっぱり分からないのだよ!」
「わーい」
「喜ぶな、紫原ァ!」
こう必死にツッコミをさせるだけで充分な気がしないでもないが。
「うーん、でも肩車はちょっとめんどくさい…」
「はい、ここでさっき緑間さんが貢いでくれた菓子の登場です」
膨れた鞄を取り出し、中身を紫原さんに向ける。
ソレを見た紫原さんは、バスケ時にすらも見たことのない俊敏さを披露し、私に背を向けてしゃがみこんだ。オッケーらしい。
………て、オッケーはいいけど肩車は恥ずかしいな。今思えば。
「そめちん?乗らないの、ミドチン逃げちゃうよ」
「の、乗る!乗ります!」
呆然と立ち尽くす緑間さんを尻目に、紫原さんの肩へ乗ってみた。
いくよー、との言葉と同時に立ち上がる紫原さん。
目線がありえない速度で高くなっていく。うわ、うわ、超怖い!なんだこれ!
そして仇敵緑間の顔をも追い越して、まだまだ高くなって。
やばいってこれ超怖い、紫原さんトトロみた、
一瞬でそこまで考えたのだが、考えられたのはその一瞬までだった。
最初に考えるべきだったよね。
身長二メートル越えの紫原さんに肩車なんかされたら、私の頭は地上何メートル何センチのところに設定されるのかって。
ええ、頭をぶつけましたとも。
ついでに気絶しましたとも。
「……そめちん、景色ど…って、アラ?そめちん?」
「完璧にノビているな…自業自得なのだよ」
「んー、これって勝手に鞄あさってもいいのかなぁ…お菓子食べたい…」