これは2010年、確か11月頃のお話だったと思う。


今となっては既知の関係、それなりに気の知れた仲、
お互いにとっての数少ない友人…いや、これ以上は泣きたくなるから割愛。

とにかく、2011年ではとても仲良くしてもらっている、私の先輩。

運が悪くて貧乏くじしか引けなくて、いい人なのに誤解されて、
その誤解に流されて自分を凄く嫌な奴だと思い込んでしまっている優しい先輩。

花村陽介さんとの、出会いのお話です。



*



第一印象は、言うまでもなく。
この人間はなにをやっているんだろう、だった。


当時中学生だった私、春日部美咲は、
地元に初めてできた大型スーパージュネスでの買い物を済ませ。
それなりに膨れたビニール袋を提げて帰路を歩んでいた…それだけだった。

稲羽市では、11月でも凄く寒い。

ジュネスの中では暖かかったものの、一歩外に出ればまさに極寒。
やばい、早く帰らないと死ぬ、とにかく凍えて死ぬ。
そんな風に気が急いでいた私はもっさもさと袋を揺らして歩いていた。


けど、立ち止まった。

なんだこれ、って思ったから。


「あ、あ、あの…大丈夫?」

寒さに悶えていた私すら立ち止まり、慮ってしまう状況。
人が刺さってた。
ごみ箱に。
人が刺さってた。

近くには黄色のマウンテンバイクが転がっていて、
車輪だけがからからと力なく回っている。なんだろう、すごい哀愁。

そしてその持ち主と思わしき人物は、ごく一般的な青いごみ箱に刺さり、
下半身だけをばたばたと暴れさせ、狭い路地の上を転がりまわっていた。

いや、ここ、少ないとはいえ車も通るのに。
危ないとかいう次元じゃない。


「だ、誰かいんのか?た、助けて…!!」

「あ、は、はいっ。助けますっ」


思わず敬語。
とてもごみ箱と会話したくなかった私はその人の両足首を掴み、
遠心力を利用してぐるんぐるんと軽く二周。
ぎゃあああああああと凄まじい悲鳴が響いたけどまるっと無視。
すぽーんと抜けて飛んでいったごみ箱を確認した後に、
そっと優しくその人の身体を地面に下ろした。


中から出てきたのは、薄汚れた男子高校生だった。

いや、薄汚れたのは十中八九あのごみ箱のせいなんだろうけど、
とにかく顔とか服とかすごく汚れてた。
よく見かける八十神高校のステッチの入った学ランで、
襟元には『T』のエンブレム。どうやら一歳年上らしい。


涙目で必死に呼吸を整えるその人を黙って見下ろしていると、
しばらくして、真っ赤になった目で睨みつけられ。


「何すんだよ!死ぬかと思っただろがっ!!」

「え?なんで怒るの」

「怒るだろ、普通!レスラーかよあんたは!」


意味がわからなかった。
うん、当時の私も青かったからね。
だけど春日部美咲は本当に目の前の男子高校生が憤るのか理解できなくて、
なんでお礼言わないのかななんて馬鹿そのものなことも本気で考えていた。


しかし相手は年上。
自分が何故怒られているかは理解できずとも、
目上の人間がここまで怒るんなら、そりゃあ私が悪いんだろうなあと
愚力で馬鹿極まりないことを結論とした。


「ご、…ごめんなさい」


不服ではあったものの素直に謝ると、相手方も目が醒めたようだった。
いや、至極真っ当な怒りだったんだけどね。
目が醒めるっていうか、その場でぶっ飛ばされても文句言えなかったんだけど。

彼は暫く硬直して、眉尻を下げて、恥ずかしそうに目を背け。

「悪い…取り乱した」

「い、いえ。私が軽率でした…」

ぼそぼそと謝りあうだけの居心地が悪いことこの上ない空気。


とにかくこの場を立ち去りたい。
その一心で投げ出してしまったビニール袋を拾い上げると、
持ち上げた瞬間に分かるほどの違和感が私を襲う。

不思議そうにこちらを見る男子高校生を無視して中を覗き込むと、案の定。

卵が粉々に割れていましたとさ。


「………」

「………」

「……たまご…」

「…あー…後ろ、乗ってくか?ちょうど俺、ジュネス行くとこだったし」

「…ありがとうございます…」


*



思えば。
これ、100%私が悪い。

今現在も仲良くしてくれているのは花村さんの善意であって、
厚意であって、優しさであって。

こうして日常的に会話できているのは、
ひとつの奇跡みたいなものだとすら思う。

ありがとう花村さん。
ありがとうついでに、もう一つ言っておくよ。

鳴上さんとの初対面の話を聞いたとき、転げまわって笑ってごめんなさい。


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