今日、中間試験が終了した。

花村さんなんかは開放感がどうとか言っていたし、
鳴上さんは早々に学童保育のバイトがあるからと出ていってしまった。

つまり、勉学に追われて必死だった期間が終了して、
バイトや遊びにと自分の時間が取れるようになったということ。

それは勿論私も例にもれず自由になったんだけど、
中間試験が終わったということはその後の一大イベントのために働かなくちゃならないわけで!
何がいいたいかっていうと!


「まともに遊べるのは三日かそこらなのよ、菜々子ちゃん…」

「な、泣かないで…美咲お姉ちゃん…」


場所は堂島家。
以前から遊ぶ約束をしていた菜々子ちゃんの自宅であり、
この瞬間も元気を持て余した子供達にもまれているだろう鳴上さんの自宅である。

実行委員という面倒この上ない役割に就いている私は、
月末にまで迫った文化祭の準備やらなにやらで拘束が確定されている。
ありえん。本当にありえん。


だけど私が持参したありったけの和菓子を嬉しそうに頬ばる菜々子ちゃんを眺めていると、
なんていうか凄く癒される。至福の時間、とはこの時を言うんだろう。

「お兄ちゃんもね、毎日忙しいみたい」

栗の入った最中を齧り、どこか誇らしげに菜々子ちゃんが言う。


「ぶかつの人とか、ばいとの人とか…お友達、いっぱいいるんだよ。
 みんなお兄ちゃんと仲良しで、すごくいい人なんだ」


バイトの人、はよくわからないけど。
一条康。長瀬大輔。海老原あい。小西尚紀。松永綾音。
そしてもちろん花村陽介や里中千枝を初めとする、"どっか浮いてる"面々。

みな一様に個性が強く、世間のいう普通とはどこか逸脱した人たちばかりだ。
その全員とかかわり、そしてそのトラウマというか、抱えていた影のようなものを取り去ってしまう鳴上さんには、脱帽というか。
尊敬するほかない。


「それでね。夜は菜々子ともいっぱい話してくれるし、すっごい楽しいんだ」

「…そっか。自慢のおにいちゃんだね」

「うん!」


温かく紅潮した笑顔で頷いた菜々子ちゃんだけど、その顔色は次第に普段のものへと戻っていく。
失せた表情のまま、口元だけは笑みの形をもっているのが、すごく痛々しかった。
「菜々子ちゃん?」具合でも悪いのかと身を乗り出すと、
彼女は我に帰ったように顔を上げ、慌てて首を振った。


「…美咲お姉ちゃん。冬って、…いつから?」

「え…冬?そうだな、11月…かな」


10月の今日も肌寒く感じることはあるが、冬と呼ぶほどでもない。
暦についてはあまり詳しくないけど、世間一般的には11月からと言っていいだろう。
そう軽く考えて、軽く口にしたのだけれども、
菜々子ちゃんはその言葉に少なからずショックを受けたようで、寂しそうに微笑んだ。


「冬が終わったら、春がくるよね」

「うん」

「春がきたら…かえっちゃうんだ。お兄ちゃん」


その呟きに、以前の聞いた声を思い出す。
誰の声だったかはわからないけど、確かに聞いた。
鳴上悠が八十稲羽に留まるのは一年間で、八十神の三年生には進級しない、と。

それを聞いて、私はもちろん寂しく感じたし悲しく思った。
だけど、それはいち後輩のものとしてであって、兄や家族に向けるものじゃない。
…その寂しさや悲しさは、目の前の彼女と比べればとてつもなく矮小なものだっただろう。

「菜々子ちゃん」

空っぽの頭で考えた言葉を、乾いた唇から発する。
今から言うのは奇麗事で理想論だけど、私はそれ以外なにもいえない。
言いたくない。
こんなやさしい子に、私の言葉なんかいえない。


「じゃあ、春までいっぱい遊んでもらえばいいよ。
 次会いにくるのが待ちきれないくらい、たくさん思い出あげよう。
 菜々子ちゃんが楽しいのと同じくらい、お兄ちゃんだって楽しいんだから」

「…そう、かな。お兄ちゃん、楽しいかな」

「当たり前じゃん!」


ぱっと花が舞うように明るくなった表情に、胸をなでおろす思いだった。

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