課題の駄目だしをされた。

いや、うん。私が悪かったんだわかってるよ。
ちょっと提出期限を一週間ほど遅く覚えてて、今朝30分くらいで仕上げた課題。
駄目だしされるの当然だよね。
わかってるけど、居残りってひどいと思う。


誰もいない教室で黙々とペンを走らせる私。
扉や窓は全て閉まっているものの、廊下で喋る女子の声が耳障りなことこの上ない。

しかも、何?内容。
ナンパ?…女子からだと逆ナンっていうんだっけ?
白昼堂々学校で何やってんの。
遊びに行くんだーへえ羨ましい、私こんなに頑張ってるのに!


後から思えば八つ当たりも甚だしいこの感情。
沸々と募っていった苛立ちは、他にもまして甘えた声で爆発した。


「あああああっ、もううっさい!!気持ち悪いから早く外行けっつーの!!」


廊下への窓を開け放って叫ぶと、唖然としたいくつもの目とかち合った。
随分見知った顔…というか、ここ数ヶ月で何度も見合わせた顔。
それと呆然とした他クラスの女子二人、更に意外すぎる帽子の生徒。
その全員が目を丸くして、私を見ていた。

…えーっと。

「あんたらさぁ、ここどこだか分かってんの?」

窓枠を踏んで廊下へ降り立つと、帽子の生徒こと白鐘直斗に詰め寄っていた
女子生徒たちは露骨な狼狽と不満を顔に浮かべる。
うん、知らないけどね。
どう罵ってやろうか思案していると、背後から聞こえた間抜けな声。

振り返ると、片手をあげて近づいてきていた完二の姿があった。


「…美咲、お前同級生いじめてんのか?」

「いじめてないよ。ただ人間としての常識を説こうと思ってたの」

「お前に常識なんかねーだろ」


んだとコラァ、と吠えながら完二に詰め寄る私。
ふと振り返ると女子生徒の姿はなく、鳴上さんご一行と白鐘さんの姿しかなかった。
完璧に頭のおかしい人間を見る目つきをした一同は、
誰がどうやって声をかけるか、無言のままに目配せを繰り返している。
失礼この上ないけど、まあいいや。


「美咲ちゃん、機嫌悪いね」


ばっさり切り込んできたのは雪子さんだった。
あまりに実直な物言いに千枝さんや花村さんが顔を引き攣らせたけど、
それもスルー。うんちょっと、と適当に応えた。


「あー…話の腰が折られたけど。直斗、ついでに美咲。
 お前ら、暇なら今から遊びに行かねーか?」

「ついでにって何ですか」


すっかり脱力して花村さんを見やると、悪びれもせずに平謝りされました。
遊びにかー。ちょっと無理だなあ。
課題あるんでごめんなさい、と言うと千枝さんが残念そうに唇を尖らせた。
なんだろう。いちいち可愛いな、この先輩。


「僕も遠慮しておきます。考えたいこともあるので」

「えー…残念」

「じゃあ、また今度声かけるね」

「はい」


平坦な声で応える白鐘さんに取り付く島なしと考えたか、
ぞろぞろと去っていくご一行。廊下には私と白鐘さんが残された。

「白鐘さん、うちの生徒だっけ?」

疑問をぶつけてみると、然程驚いた様子もなく首を振られた。
まさに今日この日から転入してきたらしい。
…隣のクラスに転入生がいるって聞いてはいたけど、まさか白鐘さんとは。
ていうか同い年だったのか。
年下かと思ってた。

いや。それ以前に、もっと大きい疑問がある。


「ねえ、なんで男子制服着てるの?」

「……………え?」


面食らったように、目を見張って硬直する白鐘さん。
本当に予想外だったらしく、続きの言葉すら満足に出ない様子だった。
いや、だってさ。


「白鐘さん…あーいや、直斗。女の子だよね」

「え、いや…ぼ、僕は」

「男だなんて戯言をほざいたら、触るからね」

「どこをですかっ!?」

「あ、間違えた。戯言をほざいたら、揉むからね」

「なにをですかぁっ!」


両腕で胸部を隠し、さっと飛びのく直斗。
顔を赤くして睨みつけてくるのはどこからどう見ても女の子で、
男子制服なんて弊害は些細なもの。男になんて絶対に見えない。

だけど私はセクハラがしたいわけではなかったから、
触ることも追求することもせずに慌てふためく直斗を黙って観察する。
ふと思ったけど、これさっきの女子生徒たちと何が違うんだろうか。


「…もう気付いているようなので、弁解はしません。確かに僕は女です。
 この格好は…その。職業柄というか、家の事情です」

「ああ…探偵業?なるほどね」


詳細はわからないけど、確かにテレビや漫画だとよくある…のかな。
確かに女の格好よりは男の格好のほうがやりやすいこともあるのかもしれない。
納得して頷いていると、直斗が若干不安そうな目でこちらを見つめていることに
気がついた。彼女のことは詳しくないけど、らしくない表情だと思う。

「大丈夫だよ」

理由はわかっていたから、自然に笑顔を形作れた。


「誰にも言わない。隠してる意味、なくなるもんね」

「…はい。ありがとうございます」


安堵の吐息を落とす直斗。
余程不安だったのか、俯きがちな顔には微笑すら窺える。
…ちょっと心外だな。そんなに口が軽そうに見えるのか、私。


何か話そうかと口を開いた瞬間に響く、学校全体の鐘。
え、あれ?今、何時だ?


「ああ、春日部女史。課題はどうなりました?」

「ごめんなさい祖父江先生あと20分ほどお待ちください!!」


開け放たれた窓から教室内に飛び込んだ私を、
直斗が信じられないといったふうに見開いた瞳で見つめていた。

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