転入生が来た。
なんだろう、転入生ってキャラが立ってなきゃいけないとか制限あるのかな。
花村さんとか鳴上さんとか、彼女とか。
類稀な人たちばっかりだよ。


「久慈川りせです。皆さん、よろしくおねがいします」


意外にも生真面目に頭を下げた彼女に、教室中が湧き立った。
男子に至ってはこの世の天国を見たような有様である。
気持ちはわかる、すごくわかる!

転入するまでは意外と地味だとか言われていた"りせちー"だけど、
制服っていう没個性的な格好で一般人と並ぶと差は歴然。オーラが違う。
全ての人が可愛いと判断するような、そんな空気を持った人だった。

うん。
要するにさ、すごい子だったんだよ。


「えっと…よろしくね」

「うん。よろしく、久慈川さん」


隣の席だった。
周囲からは羨望のまなざしが向けられているものの、
当の久慈川さんは緊張しているようで、それどころではないらしい。
はっきりとした口調に反し、不安げに彷徨う視線が気になる。

何か言ったほうがいいのかな、と思った時に本鐘が鳴ってしまった。
えっと次は…英語だっけ。

「久慈川さん、教科書ある?」

近藤が入室し、号令をかける騒がしい刻を見計らって声をかける。
彼女は一瞬だけ面食らったように目を瞬いたが、すぐに首を振った。


「あ、じゃあ私の見せるよ。机、寄せてもいい?」

「う、うん。ありがと…!」


普段は間隔の開いている机を寄せ、溝を埋める。
木製の机ゆえに多少のくぼみができたけど、ここって教科書嵌まるんだよね。
装着。

快活で適当な近藤は簡単に転入生を歓迎する意思を示して、
例のごとく脱線しまくった授業を始めた。…その例文、どこで使うんだよ。


「大変だね、こんな時期に転入なんて」

「…うん、聞いた。諸岡先生だっけ」


ニュースでもその話題で持ちきりだ。
教育方針が極端に厳しいことで知られる高校教師が殺害されて、
前の二件…山野真由美と小西早紀、によく似た状況で遺体が放置されていた事件。

私は、あの教師は嫌いだったけど。
だけど殺した人間は許せない。知っている人が日常から消えるのは、寂しいから。

「まあ、次が起こらないことを祈るだけだよ。警察も必死みたいだし」

頬杖をついて、用途のわからない例文をノートに書き写す。
久慈川さんはそんな私の様子を暫し無言で眺めた後、ふいに俯いて。
がんばるから、と。小さく呟いた。


「…期末テストの話?」

「え、あ、いや…うん。そんな感じかなっ。そ…それで、さ。あの」


急に慌てた彼女は照れたように顔を伏せ、もじもじと肩を揺らす。
近藤は前列の生徒と談笑していて、私たちは目線の端にすら入っていないだろう。
久慈川さんはしばらくそうした後、意を決したように顔をあげて。

「…あの。名前、…教えてほしいな」

あ。
やばい、そういえば言ってなかったかもしれない。


「春日部美咲。美咲でいいよ」

「春日部?って、まさかあの和菓子店の?」

「あー、うん。そっか、そういえば家目の前だよね」

「わ、ほんと!?苺大福食べたんだけど、すっごく美味しかった!」


目を輝かせ、無邪気に笑う久慈川さん。
そして彼女は古風にも右手を差し出して握手を促しながら、
私のこともりせって呼んでね、と温かく紅潮した頬で微笑んだ。

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