「…松永さん、もうちょいそっち行けない?」
「む、むりです。すごくおっきい岩があって…春日部さんこそ」
「無理」

狭い!

誰もが楽しみにしていない行事、林間学校。
一泊二日とはいえ山にテント張って寝るとか正気の沙汰じゃない!
背中痛い!まだ眠ってないのに超痛い!

しかも狭い。二人も休んでてテントには三人だけなのに何故こんなに狭い。
五人揃っていた時のことは考えたくもないよね。
座るのすらしんどい人数だものね。

松永綾音さんは随分と小柄な子なのだけど、
それでもやっぱり狭いらしい。もう一人が爆睡してるからだろうか。
イビキがうるさくないのが幸いである。


「やー、しっかし散々だったねえ」


寝るのを諦めて談笑に転換した私に、松永さんは苦笑する。
しかし彼女も到底眠れる環境ではないからか、
嫌な顔もせずに乗ってきてくれた。


「山中でゴミ拾い、かぁ。わたし、もっと楽しいかと思ってました」

「全くだよね。モロキンうるさいし…」


どこで休んでいても必ず怒鳴られるのだ。
いっそ諸岡A、諸岡B、諸岡Cといるのではないかと勘ぐるほど。
ありえないけどねー。


「でも松永さん、料理上手だったねえ。美味しかったよ」

「えぇっ!?そ、そんな、わたしなんてお菓子くらいしかまともに…
 あ、でも和菓子店の春日部さんに威張れるほどじゃ、到底」

「いやいや。私、確かに和菓子店で生活してるけど、
 厨房に立ったことって一度もないよ。そのへん厳しくてさ」


松永さんは意外そうな顔でそうなんですかと呟く。
今思ったけど、彼女、なんで敬語なんだろう。

そもそも私は料理創作系の才能が壊滅的だから、お菓子なんか作れない。
それに松永さんには嘘をついてしまったが、
実は一回だけ厨房に立って大福を作ったことがある。

なんのことはない。皮とか餡でできる、一般的な大福。

父さんが倒れた。
…詳しくは語らないけど、父さんが白目を剥いて倒れた。
おかしいよねー。
以降、私が調理器具及び食材に触れるのは家庭内で厳しく禁じられているのです。
てへっ!


「………寒気がしました」


随分と感受性の高い子だ。
なんだろう、この子なんか妖精っぽい雰囲気がある。
コロボックル的な。
可愛いです。

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