愛屋の外で、帰路につくりせ達を見送った。
…ちなみに、私含め一年生四人ぶんはちゃんと払ったよ。流石に花村さんに全額は押し付けられなかった。

全員が解散したのちに、隣に立ったまま動かない完二の顔を見上げる。

「完二は帰らないの?」
「お前こそ帰らねえのかよ」

質問に質問で返すな。
若干苛ついて目を背け、わざとらしく肩をすくめてみせる。
「実は買い物頼まれちゃってね。ジュネス行かなきゃなんないんだよ」
霧も出てるし寒いっていうのに鬼畜な母さんである。

完二は興味無さげにふーんと鼻を鳴らしたかと思えば、ジュネスの方向へ歩き出した私の後についてくる。
「なに?」
訝しんで横顔を再び見上げれば、不機嫌そうなしかめ面で、「何って俺も行くんだよ」と当然のように言い捨てた。

「買い物?小さいのなら一緒に買ってくるけど」
「違ぇよ、バカ。飯奢ってもらった礼だよ」

続けてそう言った完二は、照れたのか知らないけど私から目を背けては、霧に消えない程度にずんずんと私を先導する。
なんだかなあ。
不器用すぎる幼馴染の心遣いに、嬉しさよりも呆れが先立ってしまう。
いつからこんなんなったんだ、完ちゃん。


「そういえばさ。さっき、楽しかったね」


会話が途切れてしまったので、仕方なく思いつきの話題を口に出す。
振り返った完二の顔に微笑むと、軽く走り寄ってその隣に並ぶ。少し嫌そうな顔をされたが、形式上のものと思っておこう。

「私も完二も友達少なかったじゃん?
 だから、ああやって大人数でご飯食べたり、喋ったり。変な感じがする」

「変な感じ、なあ」

気の抜けた声で反芻した完二。
てっきり赤面して反論してくるかと思っていたのだけれど、
あにはからんや、そうだなあとどこかしみじみした様子で同意された。


「尚紀はともかく、普通に過ごしてたら花村先輩なんかは関わらなかっただろうな」

「…それって、今は『普通に過ごしてない』ってこと?」

「!」


含みのある言葉に疑問をぶつければ、完二はまるで失言でもしたかのように口を噤んだ。
…いや、違うかな。"したかのように"、じゃなくて、したんだ。
薄々感じてたけど、完二は異常な日々を過ごしてる。
そしてきっと、花村さんや鳴上さんとああして仲良く関わっているのも、その異常な日々の一貫に過ぎないんだろうと。

「あ、いや…これは、だな」

狼狽し、必死に誤魔化し方を考えている幼馴染。
どこか壁一枚隔てたような反応に一抹の寂しさを感じたけれど、仕方ない。

いつまでも"完ちゃん"と"美咲ちゃん"のままじゃないんだから。

「聞かないよ」

できる限り穏やかな表情をと心がけ、隣に微笑みを向ける。
返された、呆気にとられたような間抜けな表情に噴き出しながら、目を伏せて霧に隠された空を仰ぎ見る。


「なにも聞かない。私達は、私達のままなんだからさ」

「……おう」


空気に呑まれたのか、完二はかすれた変な声を出す。
いつの間にか先導してしまっていた私は、わざとらしく嫌味っぽい笑い方で振り返っては、完二の腹を拳で軽く小突く。

「つーか!あんた、直斗とはどういう関係なわけ?」
「は、はぁッ!?」
「私が気付かないと思ってんの?ほら吐けっ、今すぐ吐け!」

一瞬で顔面を赤くしては、唾を飛ばして反論する完二に引き続き攻撃を加える。
実はずっと気になってたんだよね!
全く持って水臭い。よりにもよって完二の恋話なんて、格好のネタ…違う、応援したいに決まっているのに。


「てっめ…!違ぇって!そんなんじゃねえ!!」

「照れるなって!わかるよ、直斗かわいいもんね。で、詳細は…」

「だッかッら!何バカ言ってんだお前…!!」


あまりにねちっこい私の言及に耐え切れなくなったらしい完二が、鮫川の土手を疾駆する。
直線距離を走られるのは反則だ。
運動に関しては人一倍の鈍さを誇る私が追いつけるはずがない。

みるみるうちに距離は離され、完二の姿は霧の中に"影"としてぼんやりと視認できる程度まで薄れてしまっていた。

「ちょっと、完二。置いていかないでよ―…」

濃霧の中に突然ひとり残されるというのは、予想以上に心細かった。
鈍くなった足を引き摺るように、走ってはいないものの歩みの速い完二を追いかける。

「完二、」語尾の強まった私の声に、完二の影がゆっくりと振り返る。

そしてそのまま立ち止まり、私を待ってくれるのかと思いきや。

なんと彼は弾かれたように走り出して、私に向けて手を伸ばしたのだった。


「美咲ッッ!!」


私達との距離は、まだ遠い。
彼が全力で走ったところで十秒余りはかかるだろう。

そしてその十秒の間に、私は聞きなれた予想外すぎる音を聞いた。
「――――…え?」
振り返る。
『車のエンジン音』を聞いて、信じられない思いで、振り返る。


その瞬間にはもう、色も大きさも分からない鉄の塊が、眼前まで迫ってきていた。


「ッ、…!」
一瞬にして吹き飛ばされた身体が、土手に生える青い芝の上へ叩きつけられる。
…濡れた枝が折れるような、いやな音を聞いた。



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