「おまちどー」
間延びした平坦な声で、中村先輩が丼を運んでくる。
いち、に、さん。そしてよん。
あの細腕で丼四つを軽々運ぶとは恐れ入るよね、本当に。
「ごゆっくり」
無表情のままエプロンを翻し、店の奥へ消える先輩を見送る。
暫く無人の方向を向いて溜息をひとつ。目の前で湯気をたてる肉丼へ視線を戻した。
あーあ、おいしそうだなあバカ。
「い…いただきます」
「「「いただきまーす」」」
わざとらしく声を大きめに言うと、周囲からの声が三つ。
完二、りせ、直斗の三人である。
実は先日ちょっとした賭けをしてて…その、私がボロ負けしたものだから。
いくら愛屋とはいえ四人分払うのは結構きついのに!
「しっかし、美咲はマジで運動できねーよな」
「関節技とか、格闘技?みたいのはできるのにね。なんでだろ」
「火事場の馬鹿力、に通じるものがあるんじゃないですか?」
「あははは!直斗、ひどーい!」
「ちょっと、もう笑わないでよ!!」
泣くぞ。この場で泣くぞ。
実は十月の間に体育祭があった。
その関係か、二学期はやたらとハードな体育の授業が多くて、あらゆる競技で勝負を申し込まれたのだった。
勝てないだろうから断ったのにこの有様だよ。
周囲で容赦なく盛り上がっている私への罵詈雑言(少なくとも私はそう思う)を無視し、無言のままに豚肉と米を口の中へ突っ込む。
愛屋、久しぶりに来たなあ。
近所なんだけど近所すぎて、愛屋に来るなら自宅でってのが多いから。
そんな関係ないことを考えながら食事を進め、総量が半分くらいになった頃。
正面に座る完二を見て、今更な疑問が湧き上がってきた。
「…ねえ、そういえば完二は男子なのになんで私に奢らせんの?」
「ああ?女尊男卑はやめろよ」
「難しい言葉知ってるね、完二のくせに。…じゃ、なくて!」
箸を置いて身を乗り出し、指先を完二に突きつける。
直斗やりせは驚いているようだけど、完二は全く動じず、黙々と二杯目の肉丼を咀嚼している。
この野郎、断りもなく二杯も頼みやがって。
「体育!男子は測定基準違うじゃん、なんで奢んなきゃなんないのっ」
「…あのなぁ、オレは平均値行ってるっつの」
「美咲、その…あまり往生際が悪いのはどうかと思う」
「え、直斗って美咲のこと名前で呼んでるんだ?なんかズルくない?私もー!」
「えっ?あ、いや、あの」
「話逸らすな!」
今度こそ立ち上がってテーブルを叩いた時、傍の扉が開いた。
冷たい外気が熱気だらけの店内に吹き込んで、ちょっとだけだけど頭が冴える。
ここまで騒いだら周りに迷惑かなと思える程度には、冴える。
思わず弾かれたように出入り口を見ると、霧だらけの商店街を背に立つ既知の姿。
「お、一年生が勢ぞろい」
鳴上先輩、尚紀、そして花村さん。
よっしゃ。
花村さんが来てくれたなら、全額払わなくてすむ!
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