お嬢さんに買い物させるべからず。

以前雪子さんから聞いた天城屋旅館心得のひとつである。
なんかブロッコリーとカリフラワーとか、小麦粉と強力粉とか、
そういう漫画みたいな間違いを天然でやらかしてくるかららしい。

なんとなく料理できそうだと思ってたんだけど、意外だよね。
この人の魅力は外見と内面のギャップにあると思う。

話が逸れた。いけね。

私は料理できないし、毒物しか作れないけど買い物ができないわけじゃない。
薄力粉と小麦粉と強力粉の用途の違いだってわかるぜ。
料理できないけど。

前振り終了。
現在位置はジュネス、食品売り場であります。


「こんにちは、勤労少年花村さん。夏休み早々精が出ますねぇ」

「……あー」


お菓子を棚へ並べる後姿に声をかけると、案の定その人物は振り返り。
そして死んだ魚もびっくりな目で私を見つめ、
死んだ魚もびっくりな生気のない声…声?を出しました。

ひどい対応にむっとします。
いつものうざったいハイテンションはどこへ行ったんですか!


「花村さん!頑張ってますね!お疲れ様です!」

「あーうん、がんばってる。がんばってるぞ、昨日の今日で」

「……何かあったんですか?」


こんな投げやりな花村陽介は花村陽介じゃない。
若干引きながらも尋ねると、花村さんはふっと枯れた笑顔を浮かべ、
うつろな瞳を明後日の方向へ向けました。

……え、なにこの人。怖いんだけど。


「なあ美咲、オムライスってなんの味がすると思う?」

「え?…そりゃあケチャップとか肉とかたまごの味じゃないんですか?」

「だよな。…だよなー!」


涙を散らす幻覚すら見えるほどの変貌ぶり。
何があったんだ、この人に。暑さ以上に人を狂わすものがあったというのか。

狂ってしまった常識人を前に狼狽えていると、背後から明るい声が聞こえてきた。
ヨースケー、と。どこか発音が違うような名を叫びながら、
誰かがこちらに駆け寄ってきた。

びっくりした。

なんだろう。絵に描いたような美少年、とでもいうのかな。
私の語彙が少ないからアレなんだけど、童話の王子様みたいな?
金髪碧眼、白い肌に白い服。唯一似つかわしくない、オレンジのエプロン。
あまりに無邪気な笑顔を浮かべた彼は、花村さんに駆け寄った。


「ヨースケ!あっちでコロッケが特売クマよ!」

「知ってるよ。つーかお前、あんまり」

「およっ!?ヨースケ、このコは誰ぞね?知り合い!?」

「聞けよ、話!」


半ばヤケになったように叫ぶ花村さんに、
きらきらとした瞳を向けてくる謎の美少年。なんたるカオス。
なんだろう、この人りせにちょっと似てるな。


「えっと…春日部美咲。花村さんの後輩です」

「コーハイ?じゃあサキチャンは完二とかリセチャンとはお友達クマ?」


サキチャン?
ていうか完二はともかく、りせとも知り合いなのか。
なんだろう。ちょっと浮いてる者同士とかでフィーリング合うのかな。

「…おい美咲、おまえ失礼なこと考えてるだろ」

やべえバレた。
花村さんから目を逸らして先ほどの金髪に戻すと、
ぱっと花が舞うように表情が変わった。なんかかわいい。


「クマは、クマクマ。よろしく、サキチャン!」

「うん。よろしく、クマ」


クマクマ?

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