「なーんか、最近実地任務多くないですか?」
眼前の枝を切り裂きながら、うんざりとした語調で呟く。
独り言のつもりだったのだけど、どうも愚痴っぽくなってしまった。マリク教官の拳骨が頭に落ち、ぎゃっと可愛げが欠片もない悲鳴が漏れる。

「騎士たるもの、どのような任務にも気を抜くな。死ぬぞ」
「はーい」

普段とは打って変わり、任務に専念しきった様子のマリク教官に嘆息する。
彼曰く、気の抜きかたを心得ているらしい。公私の区分がはっきりしているとでもいえば分かりやすいだろうか。…そういったことができるから、教官は教官なんだろう。ただ、突然の拳骨はいただけないけれども。

若干不貞腐れながら頭頂部を撫ぜ、再び枝を切り拓く。
目的地であるオーレンの村には先遣隊が到着しているとのことだが、この森、随分と人通りが少なくなっているようだ。以前訪れた際には、森の中も多少なりとも舗装されていて歩きやすかったはずなのに。
その辺りも、『村民がすべて消える』という異常の弊害なのだろう。

会話が途切れてしまったために、そういえば、と若干無理やりに言葉を紡ぐ。
「アスベル先輩、もしかして緊張してます?黙り込んだままですけど」
「えっ」
唐突に話題にされて驚いたのか、真摯に前方…というよりも虚空、を見つめていたアスベル先輩が体を跳ねさせた。どうやら完璧に意識が彼方へ飛んでいたらしい。
私と教官、二人の視線が集まったことに先輩は狼狽し、恥ずかしそうに目を伏せた。


「駄目だな、俺は…リドルはそんなにも自然体なのに、」

「いやアスベル、それでいいんだ。任務に緊張感を持ち、励むのは恥じることではない。
 異常なのはこの小娘だ。気にするな」

「異常呼ばわりと小娘呼ばわり、どっちに憤ればいいんですか」

「…ぷっ」

「先輩、笑うとこじゃないです」


その後も互いにいじりいじられ、時折戦闘を織り交ぜながら森を進み。
辿りついたオーレンの森は、見事に荒れ果てていた。
報告にはなかったが、どうやら火事があったようだ。木製の家屋などは残らず燃え落ちて、真っ黒に焦げた支柱が異臭を放つのみとなっている。
なかなかに凄惨な光景ではあるものの、当然のように村民の姿はなかった。
「マリク教官!」
燃え滓のような家屋の奥から、二人の騎士が駆け寄ってくる。

「わざわざお越し頂き恐縮です。…住民全員が消えたというのは確かのようでした」
「…火事があったようだな。住民失踪との関連は?」
「現在、調査中です」

現地の騎士たちは敬礼を崩さぬまま、沈痛な面立ちでそう告げた。
「皆さんにも捜索をお願いしてよろしいでしょうか」今更過ぎるその問いに、教官は即座に頷いた。「聞いたな?」と私たちに確認を取った彼に、私たちは声を張って返答する。

「教官。こちらの学生が、例の…?」

騎士の言葉に、教官は再び頷き、若干身をそらして私と先輩を騎士の視界の正面へと移動させる。全く同時に敬礼をした私たちに、騎士はどこか微笑ましそうな顔を浮かべた。…どことなく不快なのは私の性格に問題があるのかもしれない。

「アスベル・ラントです。よろしくお願い致します!」
「リドル・ヘスティアです。よろしくおねがい致します」

騎士は二人並んで、マリク教官に教鞭をとってもらえるとは羨ましい、二人の今後に期待しているよといかにも先輩らしい声を投げかけてきた。
実直な言葉に頭を下げ、軽い礼を述べる。
まあとりあえず馴れ合いはここまでとして、早速捜索に取り掛かることとなった。

踏み入れた"恐らく屋内だっただろう"場所にしゃがみこんで、近場にあった恐らく箪笥だっただろう燃え滓の埃を払う。
綺麗に焼けていたその板に、獣のものらしい足跡があった。
大きすぎるため、狗か狼の類ではないだろう。新種の魔物か何かかもしれない。
「あの、先輩―…」
先ほどまで近くにアスベル先輩に意見を仰ごうと振り返ったが、誰もいない。
「…あれ?」
おっかしいなあ。分担して入念に調べようと約束したはずなのに。
不審に思って立ち上がり、一際大きな建物の影へ回りこむ。「先輩、いますー?」そして影から顔を覗かせた刹那、その真横を何かエネルギー弾のようなものが超速度で通過した。

横髪を掠ったらしく、僅かに焦げた臭いが鼻腔へ届く。
やっぱり髪の毛焼けると変な臭いするな、くさいな、これ変に縮れたりしたらどうしよう、じゃなくて。

「あ、あ、危ないいっ!何してるんですか、先輩ぃいっ!?」

「リドル!ちょうどよかった、教官を呼んできてくれ!」

探し人ことアスベル先輩は、見たこともない獣のような魔物と交戦中だった。
もしかしたらあの魔物が、先ほど見た足跡の主かもしれない。それほどに、大きかった。
私に声をかけるために振り返った先輩に飛び掛り、的確に急所を食い破ろうと狙っている。先輩は怪我こそないものの、かなり苦戦しているようだった。
…あの、アスベル先輩が。苦戦している。

じゃあ私にできることは、彼の言葉に従って教官を呼びに行くことしかないだろう。
私は身を翻し、一切振り返ることなく廃村を駆けた。そして燃え滓を検めるマリク教官の背へ、精一杯の声をあげた。
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