振り下ろした剣先が、獣の腹を抉る。
そして行動不能になったのを確認してから振り返ると、ちょうど怪鳥がぐるりと旋回し、私へと向かってくるところだった。
間髪入れずに身を翻し、重い大剣を一閃する。魂切る奇声とともに巨躯が地へ落ちた。

「先輩〜、こっち終わりましたよー」

僅かに降りかかった返り血と、滲んだ汗を手の甲で拭う。
地面へ突き刺した剣の柄を杖のようにしてもたれかかり、私とは距離をとって交戦する先輩へ目を向けた。
鮮やかな剣筋に、今更ながら惚れ惚れする。
私の担当とは二倍以上の量がいただろうに、魔物たちは既に残り数体となっていた。
「手伝いますかー?」
半ば社交辞令として声をかけると、ウルフを斬り捨てたところのアスベル・ラント先輩は余裕たっぷりの微笑みで私を振り返った。

「いや、俺ひとりでじゅうぶんだ。リドルは休んでいてくれ」

「了解ですー」

大剣を地面から引っこ抜き、刀身をずるずる引き摺って街道の端へと逸れる。
手ごろな石に腰を下ろし、気が遠くなるほどに青い空を見上げた。
快晴。
なだらかに流れる白雲に、徒党を組んで飛び立つ小鳥たち。
先ほどまで魔物と交戦していたことすら忘れてしまうくらい、安穏な景色だった。
「あ」
近くで聞こえた砂利を踏む音に、視線を正面へ戻す。
そこには戦闘を終え、額の汗を手で拭いながらこちらへ歩み寄るアスベル先輩の姿があった。

「お疲れさまです。本日も冴ある剣さばきでした」
「ありがとう。でも俺なんかはまだまだだよ」

至急品のポーチからタオルを差し出し、先輩に手渡す。首筋や額の汗を拭く先輩ではあるが、多分戦闘で生じた汗じゃなくて気候のせいじゃないかと思う。彼にとってはこの近隣に出現する魔物たちは手ぬるいことこの上ないだろうから。


今日の任務は、バロニア付近に多数出現した魔物たちの討伐。
騎士学校内で、学年の違う二人がペアを組んであたるという危険度の低い任務で、なんていうか。
後輩である私も手ぬるいと感じるほど、退屈な任務。
しかも私たちの学年まで響くほどの優等生、アスベル先輩とペアとなれば難易度は更に下がる。生徒の戦術を考慮してペアを設定したマリク教官には感謝の言葉も見つからない……ああいや、ここまではさすがに嘘だけど。

「いい天気ですねえ」
「そうだな」

私と並んで座った先輩と和やかすぎる会話を交わす。
暫くそうした後、長居もなんだから、と先に立ち上がったのは当然のようにアスベル先輩だった。
「早く帰らないと、ノルマを増やされるぞ」
「帰ったら帰ったらで、他の課題を増やされる気もしますけどねぇ」
重い腰を上げて、軽い荷物と分厚い布に包んだ重い大剣を抱えあげる。舗装された街道は、それなりの歩調であっても歩きやすい。
後輩である私が先導し、魔物のいない街道を歩んだ。

「あ、そうだ先輩。そういえば、先輩って甘いもの好きでしたよね」
「?あ、ああ」

ふと振り返って尋ねると、先輩は目を丸くする。
私はにやりと笑って、前方にある小さな山小屋を指し示した。
「あそこまで競争しましょう。で、負けたほうがアイスキャンディー奢りです」
「え。ちょ、待」
「待ちません。はじめー」
唖然とする先輩を残し、100メートル程先にある山小屋へ向けてスタートを切る。荷物は軽いし、武器は荷物の重みとして考えていない。純粋な走る速さなら、私にも勝ち目があるだろうと踏んでの勝負だった。

…んだけど、何故かアスベル先輩、その場から動かない。
我先にと走ってしまった私を呆然と見つめているだけで、争うどころか動く気配すらない。思わず立ち止まって、その阿呆面を見つめ返してしまった。

「あ、…すまない。ちょっと、昔を思い出して」

私の視線に気付いたらしいアスベル先輩は、恥じ入るように微笑んで、ゆっくりと私の位置へと歩み寄る。
若干引っかかる物言いに首を傾げると、「六年前かな」、と先輩は昔を懐かしむ柔らかな語調で語り始めた。


「こことは違う山小屋で、女の子とかけっこの競争をしたんだ。
 俺、足にはかなり自信あったんだけど惨敗してさ」

「ふむ」

「だからさっき、リドルの姿がその女の子と被って見えて。懐かしいなあって」

「ふうん…じゃあ今回も、惨敗しちゃいます?」

「あはは。まさか」


明朗に、穏やかに。私を見下ろして微笑んだ先輩は、なんの脈略も前ふりもなく、私を置いて山小屋へ猛ダッシュした。
一瞬にして視界から先輩が消え、衣服や髪が風になびく。何があったのか、本気で理解できなかった瞬間だった。「…ぁ、あ…」気付いた時には、既に遅し。
アスベル先輩の背中は遠く、とても追いつけないだろう位置まで走り去ってしまっていた。

「ちょ、ちょっと!ズルいですよ先輩!」

「待ったなしだってリドルが言ったんじゃないか。俺はソーダとミルクがいいな」

「しかも二本っすか!?お腹壊しますよ!」
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -