「このまま出れなかったらあたしたち、一生ここで暮らすことになるのかなあ」
「ちょっと…縁起でもないこと言わないでよ!」
体内で見つけた日誌を元に、寄生虫と戦いながら外を目指していた途中。
何を思ったか突然気の弱いことを言い出したパスカルに、シェリアが即座に反応した。まだ泣いている。もしかしたら一生ここで、のくだりはシェリアがずっと考えていた事柄だったのかもしれない。

当のパスカルは楽しげに笑ったまま、「そしたらアスベルがパパで、シェリアがママだね」と指を振る。どうやら彼女、気の弱いことどころか完璧に冗談のつもりで言っているらしい。その据わり過ぎている肝は何処で売っているんだろうか。

「で、あたしとソフィとリドルで仲良し三姉妹っ!」
「!…パスカルとソフィが妹かぁ。そうなったらいいな、私妹欲しかったんだ」
近場にいたソフィに後ろから抱きつくと、きょとんと首を傾げられる。仲良し三姉妹。いい響きだ。そうしみじみ思っていたら、パスカルが講義の声をあげた。

「違うよリドルが真ん中だよ、あたしが一番おねーさん!」
「えー…もう姉はいらないのにー」
実家に残してきた家族を思う。…いい思い出はあんまりないけど、うん。ずっと末っ子で肩身の狭い思いをしてきたことだけは思い出せた。唇を尖らせながら視線を逸らせば、『ママ』発言に顔を赤くしているシェリアと、鈍い顔で平然とするアスベル先輩の姿があった。なんとなく、面白くない。

「アスベルパパ、シェリアママ。三姉妹で、教官は〜」
しばし思案するように目を閉じたパスカルが、ぱちりと目を開く。「おじいちゃんかな?」暴言じみた言葉だった。案の定教官は怒気を混ぜて彼女の名を呼び、更に武器まで抜く。
「やだなあ、冗談だってば。そんなに怒らないで…」
「ッ違う!パスカル、後ろ!」
教官の動きに不審を感じた私は、彼に続いてパスカルの後方にあった異常に気付く。
彼女に迫っていた紫色の寄生虫は、勢いよく酸液を飛ばしてきた。慌ててその手を引き、重なるようにして倒れこむ。

「紫の寄生虫!こいつが親玉か!」
「パスカル、リドル!早く立って、来るわ!」

シェリアの声に慌てて立ち上がり、剣を抜く。そしていち早く応戦したアスベル先輩とソフィに続いて、巨大な寄生虫に切りかかった。
渾身の力を込めて振り下ろした大剣が、硬い甲殻の上を滑る。崩れかけた体制を跳んで整るが、魔物の表面には浅い傷しかついていなかった。尋常じゃない硬さだ。拳で戦うソフィは勿論、アスベル先輩の抜刀術ですら、相手に痛手は与えられていない。

「何こいつ、すっごい硬い!接近戦じゃ無理だよ!」
「なら私が!フラッシュティア!」
シェリアの神聖術が、魔物の足元に目映い刻印を映し出す。一気に噴出した浄化の光に、前衛の攻撃に呻きひとつ漏らさなかった魔物が、けたたましい絶叫を響かせた。
どうやら術以外でのダメージは望めないらしい。
アスベル先輩が後衛の三人に振り返ると、三人は揃って頷いて各々の術の詠唱へとりかかる。「リドル、ソフィ。俺たちはとにかく時間を稼ぐんだ」凶爪の一撃を鞘で受け流しながら、先輩が指示を飛ばす。もちろん異論なぞあるはずもなく、即座に頷いた。

硬い甲殻と爪。防御力がそのまま攻撃力に反映されたような寄生虫はとにかく強く、三人がかりでやっと勢いを削げる程度。
それでも後衛三人の猛攻のおかげで大分相手が弱ってきた時、断末魔とは違う、蟲独特の咆哮のような奇声を轟かせた。危機を察した前衛が一斉に飛びのき、異常なほどに身体を奮わせる魔物を見守る。
ほどなくして。
魔物の身体が爆散するように跳ね、飛び散った肉片すべてが新しい蟲を形作った。

「ひいいっ、分裂したぁ!」
「いやあああ気持ち悪いいいい!」
半狂乱のシェリアが片っ端からナイフを投擲する。分裂前よりも硬くないらしい小さな蟲にざくざく刺さっているが、いかんせん数が多い。一体減らしてもまた一体、とまさにいたちごっこだった。
疲れた。
「ああもう仕方ないなあ!獅吼滅龍閃ッ!!」
蹴散らして一箇所に集めた蟲たちを、大剣を身体ごと横薙ぎに振って吹き飛ばす。まとめて浮いた蟲たちは、真っ逆さまに胃液の中へと沈み、消えていった。
「おお、その手があったか!じゃああたしも!」
ぽんと手をついたパスカルが、イタズラでもするように微笑む。彼女の長杖によるフルスイングは、ボールでも飛ばすように蟲を胃液へ落としていった。…すごいなあ、パスカル。多芸にも程がある。

他の面々もまともに相手取るよりも胃液に落としたほうが良いと考えたのか、泥仕合は幕を閉じた。

「寄生虫は片付いたが…肝心の出口がわからないなんて。
 こうしている間にも、きっとヒューバートは窮地に立たされているっていうのに」
悔しげに立ち尽くすアスベル先輩は、懐から取り出したお守りを握り締める。戦闘で乱れた息を整えながらその様子を見ていると、彼の手から砂のようなものが落ちているのに気付いた。
「アスベル、何か落ち…くしゅん!」
「ソフィ?」
落ちる砂(仮)を指先で掬いあげたソフィが何故かくしゃみをした直後。飲み込まれる直前と良く似た地響きが、もう一度私たちを襲う。
しかし今いるのは砂漠ではなくロックガガンの体内。訳がわからず周囲を見渡せば、今度は凄まじい強風に襲われた。
「う、うわっ…!」
いとも簡単に足が浮く。全身を風に攫われ、再び意識がもみ消される、その直前。
誰かの手が、私の手首を掴んだ気がした。


地面に突っ伏した顔がじりじりと焼ける感覚で目を覚ます。
「ぶっはあっ!熱いっ!痛いっ!」
慌ててうつぶせの上半身を起こすが、右手が重い。不思議に思って見下ろしてみれば、意識のないアスベル先輩が私の右手首を片手できつく掴んでいた。

「ちょ、先輩!?大丈夫ですか、起きてください!」
空いた左手で先輩の身体を揺さぶる。閉じられた長い睫毛が眩しげに震えるのを見て、安堵の息をついた。「…リドル?」瞼が開かれ、青い瞳が空を見る。
「よかった。無事だったんだな」
「はい」
ゆっくりと身を起こした先輩は私の顔を見て微笑み、私が続けた「先輩のおかげで」という言葉に目を剥いた。どうやら私の手を掴んでいたことを忘れていたらしい。
慌てて手を離し、恥じ入るように横髪を梳く先輩に苦笑してしまう。

「藁にも縋るって感じですか?びっくりしましたよね」
「え?…あ、ああ。そうだな、ごめん。痛かっただろ?」
「いいえ。そんなことより、なんだったんでしょうかね。外には出れたみたいだけど」

見渡す限りの砂と、空に浮かぶ白い雲。刺すような日差し。
言うまでもなくロックガガンの体外、ストラタの砂漠のど真ん中。
私たちに遅れて目を覚ました仲間たちと顔を見合わせていると、アスベル先輩が「…思い出した」と独白のように呟いた。その手には、破れてしまったお守りが握られている。

「このお守り、俺がヒューバートにあげたものだ。
 中に入れる砂の輝石がなくて、代わりにコショウを入れたんだっけ」
「コショウ」

全員揃ってぽかんと口を開ける。
じゃあ何か。体内に落とされたほんの微量の胡椒でロックガガンがくしゃみをして、私たち全員揃って吐き出されたとでも言うのだろうか。

その後私たちの後に歩み寄ってきた見覚えのある男性は、「持ち主を守るお守りは、中身が輝石でなくとも効果があるのだな」なんて聞こえの良いことを言って去っていったが、どうなんだろうか。
…もしかしてヒューバートは、すごい人なんじゃないだろうか?
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